YOUは何しにまたまた小豆島へ

 

先週の寒霞渓の馬の背に出かけた時に、池田港でフェリーを降りてまず目についたのが正面に見えるこの岩壁だった。さっそく地形図で見てみるとその岸壁の上は太麻山となっていた。しかもその岸壁の足元には何やらお寺らしい屋根が見えている。これも地図で見てみると『西之滝・竜水寺』となっていた。

池田港から草壁へのバスの中で窓からも見えた岩壁を眺めていると、西の奥様が『次はあそこに登るの?』と一言。なんだか見透かされたようで『そうですね~』と曖昧な返事をした。

そのあと馬の背からの下山後に、ぎゅうぎゅう詰めの満員で暑苦しい帰りのバスの中で、脱いだ帽子を西の奥様が座席に忘れてしまったのをバスを降りてから気が付いた。一応バス会社に連絡をして、取りに行けたら行くので取り置きをしておいてくださいと連絡をして、今週の計画がその時点で決定した。

今回は8時32分発の池田行きのフェリーに乗り込むと、先週の一便早い6時台では作業着姿の人が多かったが、今回の便では観光らしい人たちがほとんどだった。

 

 

フェリー乗り場から県道に出て東に少し歩いた後、山に向かって続く坂道を民家の間を登っていくと、オリーブ畑の中の道になった。道の両側のオリーブはそろそろ収穫時期になるのかたわわに実っていた。

 

 

 

コンクリート道を登り詰めると一旦舗装路に出た。舗装路を横断して山側に続く道を登っていくと、すぐに地形図にも破線が載っている樹林帯の中の道になる。今はほぼ歩かれていない道だが、以前は畑地の中の道だった雰囲気がする。

 

 

途中で地形図での線が左に折れている場所に古いテープが巻かれていたが、色褪せて見逃しそうになる。ここでは左に折れるが途中で道が途切れてきたので、尾根に向かって無理やり登っていく。するとすぐに真砂土の滑る斜面。ズルズル足を滑らせながら登っていくと鉄塔広場に出て、すぐにまた舗装路に出た。

 

 

 

舗装路から少し下がると竜水寺の駐車場への道になる。取り付きに立つ仏像には、後光ならぬ前光が射していた。

 

 

駐車場までの道は狭く片側通行になっていたが、入り口にある信号は今は使われていなく、対向車が来ると離合するのに苦労しそうな幅の狭い道だった。

 

 

 

くねくねと曲がりくねった道を登ると石灯篭の並ぶ駐車場に着いた。駐車場のすぐ上は港から見えた岩壁が続いている。岩肌は小豆島で今まで見てきた凝灰角礫岩・火山角礫岩でできていた。

 

 

灯篭の間から南西から南東の景色が広がっていた。今は干潮なのか弁天島からエンジェルロードが繋がっているのが見える。今日はこの後太麻山から高壺山に縦走した後、できれば弁天島まで歩きたいと思っている。(YAMAPの山頂ポイントのひとつなので)

 

 

参道から山門にかけても寄進者による灯篭が並んでいる。白い灯篭の奥に真っ赤なモミジを背にした山門と、その後ろには灰色の岩肌とさらに上は濃い緑の木々。なかなか絵になる風景だ。

 



振り返ると少し霞んだ瀬戸内の海の対岸には、薄いシルエットの庵治の半島と五剣山

 

正面の太子堂の上には立派な護摩堂、そのさらにその上には岩塊の頂に白いポールが見える。『あれは旗立て?』と奥様が聞くので、『あの岩に登れるらしいですよ』と答えると、一瞬で奥様の目が爛々と輝いた。『しまった~言うんじゃなかった』と思ったが後の祭り。このあと『どこから登るんだろう?』と何度も聞いてくる。

 

太子堂まで来ると奥の本堂のほうから年配の女性がやってきた。どうやら住職の奥様のようで、太子堂・本堂と案内してくれ本堂奥の洞窟の中に沸く『龍水』の説明をしてくれた。そのあとも護摩堂まで案内をしてくれ、明日は月に一度の護摩行が行われると教えてくれた。

 

 

 

 

 

護摩堂の外の回廊からも絶景が広がっていた。白く輝く池田湾、その先には三都半島。奥様はさっきからしきりに住職の奥様に、『あの旗立ての岩にはどこから登れるのですか?』としきりに聞いている。

すると『あれは旗立てでなくて避雷針なの』と教えてくれ、護摩堂の横から『ここから登るの』と言いながらさらに上まで案内してくれた。

避雷針の立つ岩塊には立派な鉄製の梯子がかかっていた。意気揚々と登っていく奥様。

 

 

 

一緒になって登っていくものの、梯子の上からは残念だがさらに上に立つ様子が写真に撮れない。護摩堂の横まで降りてくると岩塊の上に立つ写真が撮れたのだが・・・。

 

 

 

そこから太子堂まで降り、『私たちは太麻山まで登ろうと思うんです』と住職の奥様に話をしたが、奥様はその道は知らないらしくて、佛谷寺への遍路道に案内された。

以前に歩いていて今日の計画の参考にした『てつにー』さんのルートは本堂の横辺りから尾根に向かって登っていたが、遍路道まで行くと離れてしまっている。

『住職に聞いてきましょうか?』と親切で言ってくれたが、これ以上住職まで出てくるとなると話がややこしくなりそうなので、『適当に登ってみます』と言って別れて、遍路道の脇から適当に尾根に向かって登っていく。

住職の奥さんはへんろ道の脇の斜面に入っていく私たちを最後まで見送ってくれていた。

そこから尾根まで落ち葉のたっぷりと積もった斜面に足を滑らせ手こずる奥様。

 

 

一旦掘割になったような道らしい場所に出る。その掘割の中を登っていくと、その先の木々の間から明るい空が見えた。

本堂の横から登れていたならそれほど時間がかからなかっただろうに、やっとのことで尾根に出た。尾根には真砂土の上に、ここでもウバメガシの小さな落ち葉がたっぷり積もっていた。

 

 

 

尾根に沿って登っていくと二体の『目洗い地蔵』と呼ばれる石仏が並んでいた。地蔵の前には『池田の七不思議』と言われている湧き水があり、池田湾の干満に合わせて上下するそうだが、今日は枯れて底が見えている。

 

 

目洗い地蔵からさらに奥に進んでいくと今度は一体の石仏が祭られていた。ここでは気を付けないと真っすぐ行きそうになるが、石仏から左に折れて行くのが正解。

石仏からしばらく歩くと少しこんもりした場所が樹林帯に囲まれた太麻山山頂だった。

 

 

三角点は二等三角点 蒲生 427.23m。山頂標が見当たらないが、山名を書いた木の札が転がっていた。

 

 

 

ここからは広尾根を西に高壺山に向かってウバメガシの中を歩いて行く。三角点を越えて進んでいくと結構な頻度でテープがあるが、そのほとんどが劣化してわかりづらい。場所によってはほとんど木と同化しているテープもあった。

 

 

 

竜水寺太麻山の次の今日の目当ては、高壺山までの途中にある絶景ポイント。

YAMAPの活動写真で見た写真には、以前に登った大嶽の前衛峰のような尖峰が写っていた。しかもその頂には大嶽と同じようにロープが垂れているのが見えていた。そのロープの真偽を確かめにと、絶景ポイントへと歩いて行く。

てつにーさんのトラックを見ながら途中で北に振って進むと、そこには岩塊以外にもに絶景が広がっていた。

正面には真っ白な小豆島大観音。ここから見下ろすと周りの景色と比較できるので、その大きさがよくわかる。

そしてその大観音から続く稜線は皇踏山に続く尾根。その稜線の際の岸壁の下には笠ケ瀧霊場も見えている。

その視線を右に移すと、太麻山の北壁となる大岩壁がそびえたっていた。その岩壁を見てまた悪い癖で、足元から見上げてみたいという気持ちが湧いてくる。

 

 

 

そして目の前にはお目当ての尖峰。よく見ると確かにロープが垂れたり巻かれたりしている。そして活動日記の写真ではわからなかった岩塊の根元にも下まで長いロープが垂れていた。こちらからは行けそうにないけれど、ひょっとして下からは登れるかも?

そう言いながらいつものように奥様は端まで行って覗き込んでいる。

 

 

 

ここで大岩壁のすそ野に広がる錦秋を眺めながらのお昼ご飯。

 

 

そして食後は最高の景色を眺めながらのコーヒータイム。

 

 

絶景ポイントで40分ほどゆっくりした後は高壺山に。ゆっくりし過ぎてフェリーの時間が気になり始めた。ここから麓までは意外と距離がある。その上弁天島経由でフェリー乗り場まで歩くと、下山の時間は14時20分までには下りたい。

幸いなことにここからは緩やかな下り坂、奥様もスピードアップしていく。

すると一カ所展望が開けた場所に出た。高壺山への稜線はオレンジ色に染まって見えた。そしてその先に見えるエンジェルロードは潮が満ち始めて、もう渡れそうにない。

 

 

 

 

途中で岩尾根で行き止まりになる。その手前にテープがあったので岩の右手に回り込んで下っていくと、久しぶりの急坂。立っているのも容易ではなく、木の根元に足を運んで、木から木へと移っていく。奥様もなかなか立ってはいられないようだだ。

 

 

 

そんな奥様を振り返ってみるが、こちらもそれほど余裕はなく油断すると転がり落ちそうになる。ここまで急だとやっあぱり膝に堪えてくる。あ~でも楽しい!

 

 

やっとのことで急斜面を下りきると、今度は先ほど展望カ所から見えた紅葉ロード。その落ち葉の量は半端なく登山靴がほとんど埋まってしまって歩きづらい。

 



 

前方に見えるピークは偽ピークで、高壺山はまだまだ先のようだ。尾根はクヌギなどの落ち葉の道から今度はシダの道と変わり変化に富んでいる。基本的には町境の杭を辿っていっている。

 

 

 

 

途中の鞍部に『小豆島山の会』の道標が木の枝にかかっていた。ここから高壺山に向かっての尾根には猪垣が続いていた。皇踏山でも見かけた猪垣だが、ここでもかなりの距離で尾根の上に続いていた。

 

 

 

 

猪垣が途切れると高壺山の手前の偽ピーク。疲れてきた足にピークへの直登が堪える。その偽ピークを越えると真砂土の尾根、そして軽くひと登りするとやっと高壺山に着いた。

 

 

 

ここでも山頂標が見当たらない。すると脇の茂みの中に山名を書いた薄い木の札が落ちていた。茂みから拾い出して『これが目に入らぬか~』と水戸黄門の印籠ならぬ木札。


時間は14時前。下山後の下道を歩いて弁天島で山頂ポイントをゲットしてフェリー乗り場まで歩くとおおよそ4km。途中でごぞごぞしても15時30分には乗り場に着きたい。そう思ってまた一段とスピードを上げて下っていくと、また展望岩がひとつ。

時間は気になるがせっかくなので写真を一枚。岩からは南東に飛岬、正面にはどっしりした皇踏山、そして西にはもうほぼ満潮で海に水没したエンジェルロードが見えた。

 

 

 

 

展望岩からすぐに鉄塔広場に出た。広場の下には電波塔が建っていて、そこからは下道が続いていた。コンクリートの下道を下ると大きな廃屋。その山側には何やらコテージぽい朽ちた建物が何棟も並んでいる。以前ここはリゾート施設か何かだったのだろうか?他にも何棟も廃屋が残っている。

 

 

 

 

 

いったい何の施設だったんだろうと言いながら、さらに下るときれいな平屋の横で県道に出た。ここからは舗装路歩きの始まり。

 

 

途中にある土庄小学校横には山の斜面に何段にもなった石垣があった。最初は墓地かなと思ったが、墓石が立っていない。馬蹄形になった石垣は説明板によると、毎年開催される例大祭行事を見学するために江戸時代に造られた桟敷らしい。それにしてもなんて立派な桟敷だろう。

 

 

 

豊丘八幡神社の桟敷から小学校の横を通って弁天島へ。ちょうど下校時間だったようで、女の子たちが楽しそうに家路に帰っていた。

 

小豆島にはもう何度も来ているのに初めての訪問のエンジェルロード。手前の弁天島から中余島の間に干潮時だけに渡れる道。大切な人と手をつないで渡ると願いが叶うという。その弁天島の山頂は恋人たちの聖地になっていた。ここまでも歩いているのはカップルばかり、おじさんとおばさんには場違いな場所だった。

 

 

 

聖地からは今日歩き始めた竜水寺太麻山の岸壁の下に見える。その手の黄色いイチョウの木があるのが佛谷寺かな?意外と遠くから歩いてきたんだと二人で感心する。

エンジェルロードは潮が引き始めて時間がたてば渡れるようになりそうだが、そんな時間までは待てずにフェリー乗り場へと急ぐ。

 

 

 

迷路の町の中を通り、以前に訪れた西光寺の三重塔を横目に見ながら歩いて行く。迷路の町では昔ながらの路地を右に左に曲がりながら歩いて行く。

 

 

 

フェリー乗り場には予定通りの時間に着いた。奥様はその先にある小豆島バスの事務所まで、今日最後の目的の忘れ物の帽子を取りに行く。その間に私は二人分の切符を買って、戻ってきた奥様とフェリーに乗り込んだ。

16時45分発のフェリーは、小豆島の島旅を楽しんだ観光客で賑わっていた。今週は先週に見た太麻山の岩壁が気になって出かけてきたが、今日はその北壁の尖峰に垂れていたロープが目に焼き付いて離れない。

さて来週も『YOUは何しにまた小豆島』かな?

 

 

今回のYAMAPの活動日記です(行動時間が分かります)

yamap.com

 

ここ最近、秋のルーティンの寒霞渓馬の背へ!



数年前からこの季節に出かけていた小豆島。特に二年前からは寒霞渓の裏八景の西側の通称『馬の背』は、バリエーションルートながらさほど難易度は高くなく、それ以上に岩尾根から眼下に見える眺望が素晴らしく、今年も西の奥様を誘って出かけてきた。

今日も6時50分発の池田行きのフェリーに乗り込むのだが、少し離れた茜町の有料駐車場(値上がりしたが一日600円)からフェリー乗り場までの間にある、『世界一打美しいアリーナ』に選出された『穴吹アリーナ』の横を通り、待合で切符を購入して、西の奥様を待つ。

出航の少し前に着いた奥様とフェリーに乗り込みデッキに上がると、東の空からは朝日が昇り始めていた。

そして港の正面にはシンボルタワーの横で、外資系のホテルの建築工事が進んでいた。

 

 

 

過去の二回は池田港から寒霞渓のロープウェイ乗り場の紅雲亭に直通のバスが出ていたのだけれど、そのバスは期間運航で今年は一日違いで、残念なことに明日から10日間ほどの予定になっていた。

仕方がないので池田港からいったんバスに乗り草壁港で降り、バス停の近くにある『かんかけタクシー』で登山口となる猪谷へと向かう。

 

猪谷でタクシーを降り身支度を整え、島霊場18番札所の石門洞へと急坂を登っていくと、右の大きくカーブした道に背の低いコンクリートの立ち上がりがあり、その手前でよ~く見るとテープがあるので、西の低い尾根に向かって登っていく。

 

 

 

道から10mほど登ると支尾根に出た。尾根からは正面奥に四方指から南に続く岩壁の稜線が見渡せた。手前の支尾根も四方指の稜線も色づきはまずまずだ。

ひとまず北に向かって花崗岩の風化した尾根を登っていく。

 

 

花崗岩は小豆島全体の基盤で、その上に瀬戸内海火山岩類が堆積して、長い年月をかけて浸食されたのが、奇岩奇石の寒霞渓の渓谷美を創り出している。

さっそくその特徴の凝灰角礫岩の岩肌が現れた。

 

その岩肌を登ると目の前に断崖。その岩肌の一部は溶岩が陸上に噴出して酸化したことを示す赤い色をしている。

 

 

このルート上に1カ所だけ岩の左側を回り込んだ場所にあるロープ場。この黒く太いロープは小豆島の他の山でも見かけた記憶がある。

 

そのロープ場を登るとさらに眺望が広がった。ここから続く支尾根の左手には、まだ全体に陽が当たらない玉筍峰が見える。

そんな山肌も陽が当たると一瞬で秋色が冴えわたる。

 

 

凝灰角礫岩の岩尾根の表面は火山の噴出物の岩や石が固まってゴツゴツしているので、足を引っかけて転ばないように用心は必要だ。

反対に灌木の中では落ち葉の積もった土の上に無数のドングリが転がり、登山靴の底でベアリングのようになってコロコロと足を滑らせる。

 

 

岩尾根の植生は松やネズミサシが所々で生えている。振り返ると草壁港田ノ浦の半島が内海湾を囲み、その奥に波静かな瀬戸内の海が広がっていた。

 

 

 

風化した凝灰角礫岩は小さいけれども変わった形をした岩を創り出し、そんな奇岩が尾根のあちらこちらに立っていた。一見険しそうな岩肌も、石の一つ一つがしっかりと固まっていて、手で握っても足を掛けても動くことなくしっかりしているので、安心して登っていける。

目の前の岩壁を登ると、案の定奥様はその先端に立って景色を眺めている。

 

 

 

時々このネズミサシが服の上から刺してくる。

このルートの登りでの左側は断崖になっているので、回り込むのは基本的には岩尾根も灌木の尾根も右手に回り込むようになる。

 

少しづつ玉筍峰が近づいてきた。さっきまで日陰で暗かった山肌も、陽が当たると色づいている様子が分かる。そんな景色を眺めている隙に、奥様がまたひとつピークの岩の上に上っていた。

 

 

灌木の中へ入りそろそろかなと様子を伺いながら歩いていると、前回には無かったヒョウ柄の布が二枚、木の枝にぶら下がっていた。ここから西に玉筍峰に向かって下っていく。すると先ほど下から見えた通り、鞍部まで道のわきには彩が続いている。

 

 

玉筍峰との鞍部まで来ると右手に今真っ盛りの紅葉の寒霞渓が見下ろせた。しばらく眺めていると発車のベルが聞こえてきて、さらに待つとロープウェイの搬器がやってきた。中は観光客でいっぱいなのが見える。

 

 

 

 

 

鞍部から少し先にはモミジのカーテンの奥に玉筍峰の手前の岩塊が見えた。その岩塊の横を抜けるといよいよ玉筍峰だ。

 

 

玉筍峰直下は凝灰角礫岩と苔と土交じりの岩肌。木の枝を握れる場所はいいが、何もつかむ物がない場所もあって、ゆっくり慎重に登っていく。

最後は少し出っ張った岩を避けながら体を持ち上げると岩頂に立った。

 

 

寒霞渓の全景とロープウェイを背にして、これ以上はないロケーションだ。

少し腰が引いている感じがするがアタック?成功のへっぽこリーダー。

前回の奥大山でのCMの宇多田ヒカルのポーズを真似てみたら、実際とは食い違ってしまったので、ここでそのポーズを改めてみると、私も!と言って奥様が真似をする。

 

 

 

 

ここからもロープウェイが動いていくのが見える。先ほどまでは感じなかった冷たい風が吹き上げ、帽子を飛ばされそうになった。

大きく手を振ってみても、搬器の中の乗客は窓の下や横の景色を見ているのか、こちらに気付く人はいなかった。

 

 

どこでもそうだが、登るよりも下るほうが難しい。岩頂から三点支持を守って、ちょっとした突起した岩や木の根っこを握りながら慎重に下っていく。

鞍部まで何とか下れればあとはゆっくり支尾根まで登っていく。

 

 

ヒョウ柄の布のある取りつきの尾根まで戻ると、また北に向かって今度は少し下っていく。途中に一カ所左手に岩塊があり、少し登るとまた一段とロープウェイに近づいたローケーションだった。搬器の中は山手線の満員電車といったギュギュっ詰めといった感じに見える。

 

 

 

そこからまた少し下り、鞍部から登っていくと寒霞渓第一展望台の岩壁の直下になる。前回はその直下まで登って右にトラバースをしたが、今回は少し手前をトラバースしてみる。岩肌はセメントで塗り固められたように石が固まっていた。

 

そして前回に裏八景に飛び出た場所よりさらに下で裏八景に出た。すると下ってきていたご夫婦が、変な場所から飛び出てきた奥様に驚いた様子だった。

 

表十二景に比べるとこちらは歩く人が少ないせいもあってか、あまり整備されていなくて落石がゴロゴロ転がっている。

途中で前回降りてきた場所から同じように馬の背を歩いてきた男性が道へと降りてきて、あっという間に二人を抜き去った。

 

 

寒霞渓の山頂広場にはバスが何台も止まり、ロープウェイ乗り場の周辺では観光客で賑わっていた。それよりさらに賑やかだったのが遠足できたのか地元の保育園の子供たちだった。広場の周りをキャッキャッとはしゃいで走り回った後、保母さんに付き添われて紅葉狩りに歩いて行った。

我々もベンチに腰を下ろしてカップ麺でお昼する。

 

 

 

 

お昼ご飯を食べた後、第二展望台まで散策。その途中のモミジの彩が、これぞ正しく日本の秋といった感じで素晴らしかった。

 

 

 

 

 

第二展望台から第一展望台へ歩いていく。ここまでの途中も展望台も中国語が飛び交っている。確か渡航自粛がニュースで流れていたけれど、ここにいる人たちは中国ではなく、台湾から来た人たちだろうか?

 

 

 

山頂での賑わいをあとに、静かな静かな裏八景を下っていく。落石がゴロゴロする下り坂は割と急で、登りの時と比べると随分と歩きづらい。

 

途中にある松茸岩を過ぎると、この裏八景の一番の見どころの石門洞に着いた。上から下を眺め見るとまだ少し色づきが足りない感じがした。

 

 

その石門を潜って投入堂の前まで来ると、モミジのグラーデーションに圧倒される。さすが『もみじ谷』と呼ばれるだけのことはあって、見ごたえのある景色にため息ばかりがでてくる。

 

 

 

同じようにカメラを抱えた男性と『ほんとうにきれいですね』とお互いに言い合う。

藁葺きの鐘堂や石仏の周りのモミジも、少し散ったあとで葉と葉の間に隙間が空いていて日差しが届いて輝いている。

 

 

 

 

名残惜しいがバスとフェリーの時間があるので、石門洞をあとにする。途中の法螺貝岩も周りを彩りで囲まれていた。

 

猪谷からは道の向かいの遍路道の標識に従ってさらに下っていく。コンクリートの道がしばらく続き、そのうちに舗装路へと変わるとすぐに県道へ飛び出した。

 

 

 

 

ここからは道の脇の歩道をひたすら草壁港に向かって下っていく。

途中にある内海ダムダム湖の中にある浮島は工事の際に砕こうとしたが、あまりの硬さに断念してそのまま残っていると、行きのタクシーの運転手さんが教えてくれた。さらにダム湖の中には以前にあった古いダムの構造物もそのまま残っているそうだ。

 

 

内海ダムを過ぎると一直線の道。途中で何台もの観光バスや車が追い越していく。『だれも止まって乗せてくれないわね』と奥様。『そりゃ立ち止まって手を挙げているわけでもなく、歩いているのに止まるわけないですよ』と。どうやら単純な下道歩きに飽きてきたようだ。

猪谷登山口から50分ほどで草壁港に着いた。草壁港のバス停にはやはり観光客の長い行列ができていた。ひょっとしたら積み残しされるかもしれないと思い、奥様に話をして一つ手前の壁本バス停まで歩いて行く。

到着したバスには予想通り座って乗ることができ、次の草壁港のバス停から乗り込んだ人たちは立ったままのぎゅぎゅう詰めになった。

そんな身動きのとり辛い中で脱いだ手袋と帽子を、横の椅子に座った奥様が『ちゃんと帽子はある?』と気にかけてくれた。そんな奥様がバスを降りると『あっ帽子を座席に忘れてきた!』と。

以前に吉田行きのバスで乗った時にも同じようにニット帽を忘れたような・・・・・。

 

予定通りに15時30分のフェリーに乗り、16時30分に高松港に着いた時には、もう空は暗くなり始めていた。

昨年はこの馬の背ルートから始まり、洞雲山大嶽、そして吉田の岩山を歩いたが、今年はさてさてと思っていたら、池田港から見えた岩壁が目についた。

フェリーの中で地形図を見てみると大麻山と書かれていた。さて次は・・・・。

 

今回のYAMAPの活動日記です。

https://yamap.com/activities/44441036

こんな素敵な山域だとは知らなかった・・・・。

 

矢筈山烏帽子山に登るときに落合峠へ向かって今まで何度車で走っただろうか。その度に桟敷峠で目にしていた風呂塔キャンプ場の道路標識。その風呂塔キャンプ場は一度だけ矢筈山に登った帰りに覗いてみたが、もうその時にはすでに休止されていて閑散としていた記憶がある。

そのキャンプ場から直ぐに風呂塔山頂があるが、キャンプ場から山頂は距離が短く、今までどうも登ってみようという気がおきなかった。

今回は山友のREIKOさんらが登っていた佐々連尾山の大ブナの駄場に後追いしてみようかと考えたが、REIKOさんに尋ねるとどうももうブナの黄葉は終わりらしいとのこと。それなら、と考えっていたらkiricyanさんがUPしていた風呂塔から火打山の紅葉が目に留まった。それではと西の奥様に聞いてみると、奥様も歩いたことのない山域、是非歩いてみたいと相成った。

風呂塔から火打山、さらには以前に石堂山に行く途中で登った白滝山まで今回歩けば、寒峰・落合峠・矢筈山・石堂山の線が繋がる。

 

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西の奥様と東みよし町役場で待ち合わせをして、そのまま2台で風呂塔キャンプ場へと車を走らせる。落合峠へと続く県道44号線は奥に集落が少なく、朝は対向車と離合する確率が低い。狭い道の運転はいいのだが、バックが苦手な奥様にとっては、他の徳島の山間部の道と比べれば運転しやすい道。そして自身で運転すれば車酔いもしなくて済む、そういう事で2台別々で車を走らせた。

キャンプ場の駐車場にはもちろん他に車はなく、放置されたバイクが一台残っているだけだった。

 

昨年閉鎖されたキャンプ場だったが、キャンプサイトはさほど荒れていなくて、薄く苔の生えたサイトが自然な感じのいい雰囲気だった。kiricyanさんが書いていたカラマツの黄葉はもうまばらで終わっていたが、所々でモミジが色を添えてくれていた。

 

まずは道標に従って山頂へと登って行く。杉林の中をくねくねと登り、その林を回り込んで行くと北側の景色が開けてきた。

 

 

 

周りは次第に自然林になり、陽の当たった1216mの標高点に続く稜線にはカラマツが並んでいるのが見えたが、こちらも少し遅かった雰囲気だ。

さらに高度を上げていくと先ほどの稜線が水の丸高原に続いているのが見えた。水の丸のパラグライダー場とその奥に、山間部の低い気温や温度差を利用した、夏秋いちご中玉トマトを栽培するビニールハウスが並んでいるのが見える。

 

 

道の日陰には霜が残っていた。その道の上といわず周りの地肌も、覆いつくされた落ち葉で埋め尽くされている。これだけの数の葉が落ちる前の紅葉はどんなに素晴らしかっただろうか想像もつかない。

 

 

 

駐車場からは30分ほどで風呂塔山頂に着いた。ほとんど周りの木の葉が落ちた山頂は明るく広々としていた。手書き風の山頂標には黄色の葉っぱが書かれていて可愛らしい。

三等三角点 不論 1401.47m

 

 

 

山頂からは手書きの道標に従って一旦下って行く。周りの木々はほとんど葉を落としているが、逆に足元のふわふわした落ち葉の絨毯が気持ちがいい。

 

 

途中で一ヵ所東側の景色が開けた。ちょこんと三角の頭の山は烏帽子山だろうか?

火打山までは何回かアップダウンを繰り返す。その小ピークには丸太の階段が設置されていたが、落ち葉でほとんど埋もれていた。

 

 

 

道には町境の杭が続いていく。この辺りもほとんどの木が葉を散らしていたが、何本かはハッとする色を残してくれている。明るい赤やオレンジ色の葉は少なかったが、シロモジやクロモジの薄黄色や黄緑色の葉はまだ結構残っていた。

 

 

 

1322mの標高点の辺りがキャンプ場への分岐になっていた。ここにも手書きの道標が木の枝に掛かっていた。

 

 

そしてここからが火打山への登りになる。その登りにも丸太の階段が続いていく。ここまでの階段はキャンプ場の周遊路の為の階段だと思ったが、途中にあった道標には環境庁の名前が書かれていたので、この稜線を過去に環境庁が整備したのだろう。

そう言えばこの西側の深渕の集落にも、この周辺の登山道が載った環境庁の大きな案内板があったのを思い出した。

途中から大岩が道の横に現れ、風呂塔とはまた違った山の雰囲気になってきた。

 

 

 

道の脇は自然林と植林が混在した道になってきた。すると右手の下に平らな岩が見えた。たしかkiricyanさんがいつものポーズを決めていた岩じゃないかな?そう思って少し下ってみると予想通り目の前に眺望が広がった。

正面に見える三角のピークは烏帽子山。そして少し左を見ると稜線の奥に頭を出した矢筈山が見え、右にはゆったりとした山容の中津山の奥に法皇山系らしき稜線が見えた。今日の空は少し曇っていたが稜線ははっきりとしてかなり遠くまで見渡せた。

 

 

 

展望岩の端っこでいつものようにまた奥様が下を覗き込んでいる。展望岩は何層にもなってかなりの高さがあった。私も覗き込んでみるとやっぱり股間がゾクゾク。

ここで奥様はおにぎりを2個頬張る。私はザックも降ろさず水分補給をしただけだったが、ふとこの先、白滝山で折り返しても、私は石堂山からの線が繋がるが、奥様はその間が繋がらない。せっかく白滝山まで歩くなら、後々『あの時歩いて線を繋げればよかったのに』と奥様に愚痴られてはと思い、ならば頑張って石堂山まで歩いてみようと思い直して、カロリーメイトを口に入れた。

 

 

山頂が近づくにつれ尾根には何カ所かでまた大岩が現れる。何層にも積み重なったような岩は、石堂山の御塔石と同じような地質の岩に見えた。

 

 

倒れた大木に増殖したツキヨタケが、時期が終わったのか暑さで枯れたのか真っ黒に変色していた。木の裏の陰にはそれこそシイタケに似たツキヨタケが残っていたので、やはり暑さで焦げたのかな?このキノコはシイタケに似ているので間違って食べて食中毒を起こす人がよくある。

 

 

左は植林地、右は自然林の道が続いていく。か細い枝に大きな葉のついたシロモジは細腕繁盛記?

 

スタートから1時間55分で火打山に着いた。コースタイムからすると少し時間をオーバーしていたが、途中の展望岩での休憩時間を考えれば、ほぼ時間通りだろうか。こちらの山名標の葉っぱは緑に塗られていた。

 

 

 

火打山からは白滝山との鞍部まで一気に150m下って行く。今まではどちらかと言うと周りの木は黄葉だったが、ここからは散った葉もかなりあったが目移りするくらいの赤やオレンジの彩りが残って我々を待っていてくれた。

 

 

 

ブナの群落の道。ずいぶんと背の高いブナは枝葉も高く、頭の上をオレンジの色で染め上げている。

 

 

 

 

鞍部からは今度は白滝山へ250mの登りになる。途中からは雲の上まで続いていそうな長い階段。階段が終わると少し左に振って進んで行く。

 

 

 

一旦緩やかになった道がまた急登が始まる。

踏み跡は落ち葉に埋もれてほとんど見えなかったが、テープと境標の杭を確かめながら登って行くと、支尾根らしき場所に出る。

 

 

 

地形図では両側が岩になっている場所では、地形図通りに露岩の痩せ尾根になる。すると道の東側が開けて植林地の緑と自然林の彩が合わさった山肌が見えた。斜面に建つ民家は大惣の辺りにだろうか。谷あいに流れているだろう川の水は、大惣谷川から半田川に名前を変えて吉野川へと注がれていく。

 

 

白滝山が近づくにつれ、道の雰囲気が変わってきた。前回奥様と歩いた矢筈山から石堂山と同じ様に、背の低いシコクザサが道を覆い始めた。

 

 

火打山から1時間30分ほどで白滝山に着いた。山頂は三等三角点 男竜 1526.08m

前回WOC登山部のメンバー11名できた時はまだあった山頂標が朽ちて見当たらない。

前回朽ちかけていた道標の片方も腐って落ちていた。

 

 

道標の下の山頂標が見当たらない

 

WOC登山部メンバーと石堂山にて

 

山頂手前で『石堂山でなく手前の前回歩いた御塔石のところまででいいですか?』と奥様に尋ねると、『線が繋がればいいですよ』と返事が返ってきた。『それじゃ12時目途で!』と話をしていたので、白滝山頂はさっさと後にする。

途中に木地屋登山口への分岐。その辺りから次第に笹の背が高くなってきた。

 

 

途中からは矢筈山から黒笠山に続く稜線が見渡せた。稜線の紅葉はもうすでに終わり、1300mより下がピークを迎えようとしていた。

 

すると突然、樹林帯から笹原に飛び出した。背の低い笹を掻き分けて獣道の様な道が続いていく。はてどこかの道に雰囲気が似ているな~と思いながら振り返ってみると、

中尾山から赤帽子山に向かって歩いた時の景色ととても似ていた。

 

 

 

 

左手に矢筈山かなそれとも手前の1710mの標高点のピークだろうか。奥にも同じようなピークが見えている。大工小屋石を過ぎ、予定よりも10分ほど遅れて御塔石に着いた。途中の展望岩でおにぎりを2個も頬張ったのに、奥様は『あ~お腹が空いたわね』と仰った。

 

 

 

御塔石の横からは先ほど見えた大惣の源流部の、錦秋に染まる山肌が見えた。

御塔石の前で腰を下ろして今日は二人ともカップ麺を頂く。見上げると御塔石が石堂神社のご神体らしく天に向かってそびえ立っていた。

 

 

カップ麺を食べ終わる頃、石堂山山頂から人の声がした。山頂から少し下で登ったり降りたりする姿が見えたので、『何か作業してるのかな?』と奥様と話をする。『あの辺りに確か鉄柱から落ちた道標があったので直してるのかも?』とも。

 

お昼ご飯を食べ、いつものようにコーヒーを飲んで少し雲の間から顔を出したお日様の光に当たりながら、ゆっくりと過ごした後は下山開始。

最初は笹原の快適な道。どんどんスピードが上がっていく奥様。

 

 

すると下から男性が一人登ってきた。足元を見て俯いていた顔がこちらを見た。『ん~どこかで見覚えのある顔だ~』と思い『ひょっとして佐々連さん?』と声をかけた。

奥様もYAMAPで見た事があるらしく『そうだわ!』と声をあげた。

KAZSHIです!』と言うと、不思議そうにしていた顔から笑みがこぼれた。

佐々連さんは、むらくもさんのブログでよく一緒に歩いているのを随分と前から見て知っていたし、ここ最近はkiricyanさんの活動日記にも出ていたので、初めて会った感じがしない。笹原の中でしばらく三人で話し込んでいると、先ほど石堂山に居た二人が降りて来た。

すると今度は先に奥様が『あっ師匠!』と言うと、その女性からも『あっ!』と声があがった。二人はシロヤシオの季節に筒上山で出会った二人だった。

二人とは筒上山山頂で一緒にお昼ご飯を食べながら、色々と話をしたのだったが、女性が男性を『師匠・師匠』と呼んでいたので印象に残っていた。それ以来奥様とは、師匠と呼ばれる男性とその女性二人の話を時々していたのだった。

それにしても結構マイナーなこのルートで、しかも平日に出会えるなんて、なんという奇跡だろうか。

暫くの間今度は五人で色々と話をして盛り上がる。佐々連さん深淵から登ってきたので、これから石堂山西尾根を下って下道を歩いて周回するそうだ。二人は木地屋登山口へと下るという。記念撮影をしたのだが、女性が顔出しNGと言うので、四人の写真をchatGPTで加工してみる。まずはピクサー風で指示したら、何故か女性が眼鏡をかけている。集合写真は師匠と女性はイラストで、奥様と佐々連さんは実写風にしてみた。

 

 

佐々連さんkiricyanさんの活動日記を見て今日はやって来たそうで、kiricyanさんがめぐり合わせてくれた。名残惜しいが佐々連さんはここでお別れ、二人とは途中の分岐まで一緒に歩く。木地屋の登山口への稜線も、矢筈山から黒笠山への稜線も、彩の季節はそろそろ終わりを迎えようとしていた。

 

 

木地屋への分岐で『また今度は一緒に歩けたらいいね』と言って二人と別れた。その分岐の三枚付いていた道標のプレートも、二枚が朽ちて落ちていた。どこの山でもそうだが、整備された後にメンテナンスがされないとこんな風になってくる。

その先の白滝山の山頂標もわずかだがその残骸が残っていた。

 

 

 

白滝山からの途中では往路で足の置き場が分からず、少し苦戦した岩場があったがちゃんと西側に巻道があった。

 

痩せ尾根が終わると今度は広めの尾根になる。テープを確認しながら降りて行くと何本もテープが巻かれた場所に着く。気が付かずにいるとそのまま真っすぐ行きそうになるが、ここは右に折れて下って行く。

 

 

 

火打山との鞍部までは黄葉の道。そして見上げると火打山のピークが見えた。今度はここから150mの登りだ。

途中には水場と書かれた道標が立っている。ここからは水場から林道を通って深淵へと降りられるようだ。

 

 

 

登りはやはり下って来た時と同じように、先ほどの黄葉の道から紅葉の道になる。結構段差のある憎たらしい丸太の階段が続いていく。

 

 

 

一段一段登って行っても息が切れる。次第に周りの景色も目に入らなくなり、足元の段差ばかりを見ている。

 

 

 

それでも何とか火打山に着いた。ここまでくれば後はほぼ下り坂。少しは紅葉を眺める余裕も出てきた。往路では薄曇りだったのがここにきて西から日差しが差し込んできた。紅葉はやっぱり日が当たると一段と映える。

 

 

大岩の横を過ぎ、露岩を登ってさらに下るとキャンプ場への分岐になる。

 

 

分岐からは尾根の北側のトラバース道。密集した杉林もあって日が当たらず薄暗いが、歩きやすくてあっという間にキャンプ場に着いた。

キャンプ場では大きな赤やオレンジに染まったモミジが二人を出迎えてくれた。

カシミールとYAMAPではデーターが若干違うのだが、カシミールでは沿面距離11.3km、累積標高は1080m、行動時間7時間14分だった。

それにしても今回のルート、紅葉はすでに終わりかけていたがそれでも見どころがある場所が多々あった。それならピークともなれば、どれだけ素晴らしい紅葉が見られるのだろうか。そしてルート自体も変化に富んでいて楽しく苦しく、素敵な山域だった。

奥様と二人で『来年はピーク時に絶対来よう』と話をして車に乗り込んだ。

 

 

 

 

帰りの東みよし町への道は、山の北側と言うのもあってまだ15時30分だというのに、もう日暮れが迫ってきている感じがした。これからまだ日が短くなってくる。そろそろ県外から里山への切り替えの時期になるかな、そう思いながら山道を里へと車を走らせた。

今回のYAMAPです。

yamap.com

 

今日の烏ケ山は100点満点!

 

先月からずっと考えていた大山紅葉狩り。今回は西の奥様のリクエストで、以前にそれぞれを歩いた南壁の下の三の沢と二の沢を、トラバースして線で結ぶという計画だったが、その三の沢から二の沢にまたがり裾野に向かって筋の様になって続く、小高い尾根を登ってトラバースしている人がネットで探してみてもなかなかいなかった。

ただ一人だけ三の沢から登って二の沢に下る様子がYOUTUBEにアップされていた。しかしその男性はスティックハンマーを使ってガツガツと登り、下りは長いフィックスロープを使って懸垂下降で降りていた。そんな道具は待っていないし、意外と高さのある登り下りに躊躇していると奥様に連絡をして、他にこの時期に紅葉を目当てで歩けるルートがないかと考えた結果、二人が未踏の山の烏ケ山に登ることになった。

まずは蒜山インターを降りて直ぐのつるや食堂でお弁当を買い求める。ここは食堂スペースの横に目移りするほどの数の手作りのお弁当がずらっと並んでいる。

 

 

お弁当を買った後は国道482号線を西に。途中の下蚊屋地区から北上し、サントリーの天然水・奥大山の大きな工場の手前で大山の大きな背中と、烏ケ山の尖った山頂が並んで見えた。空模様はまずまずの様子に期待感が膨らんでいく。

休暇村奥大山の手前にある駐車場に車を停めると、すでに何台かの車が停まっていた。その中の一台から、支度を終えたご夫婦が新小屋峠に向かって歩き始めていた。

駐車場からは彩の奥に烏ケ山の南峰も色づいている様子が伺えた。

 

 

我々は先ほどのご夫婦とは反対の、駐車場から少し南に下がった鏡ケ成キャンプ場の手前の登山口から取り付いて行く。キャンプ場入り口までの環状道路の両脇の紅葉はピークを迎えようとしていた。

 

 

登山口からしばらくすると道が不明瞭になったり、急に幅の広い登山道になったりする分かりづらい道を歩いて行く。

 

 

自然林の中、それまで歩いていた道から外れた笹藪の方向にピンテが付いていた。不審に思って立ち止まってGPSを確認するが正確な道は分からず、仕方がないのでピンテを信じて笹の中に飛び込んで行く。

背丈を優に超える笹のトンネルに、腰を屈めながら進んで行くが、何日か前に雨が降ったのか足元はぬかるんでいて随分と歩きにくい場所がある。



 

 

 

そんな背の高い笹の生い茂る中だが踏み跡は何とか分かるので、道を外れることはない。

腰を屈めて潜って行ったり、両手で掻き分け進んで行ったりしていると、次第に頭の上にはカラフルな色彩が広がり始めていた。

 

 

 

登山口から40分近く歩いただろうか、最初は地形図では等高線の間隔が広かったのが1100mの等高線辺りからその間隔が狭くなり、等高線通りに道の勾配も次第に急になってきた。しばらくして振り返ると象山の裾野がこちらに向かって広がっていた。

そして烏ケ山南峰から続く稜線も見え始め、南峰も姿を現し始めた。

 

 

 

その稜線のさらに裾野には、尾根を境に針葉樹と自然林に分かれ、針葉樹の濃い緑が自然林の彩を強調してくれている。遠くに霞んでいるけれど日本海の海岸線が東西に長く続いているのが見える。

 

 

そんな自然林が続く道で、ここまでで不思議と一羽だけしか鳥が鳴く声が聞こえなかった。するとすぐ目の前の木の枝に留まったカラスが、逃げずにずっと『カーカー』と鳴いている。こちらも負けじと『カーカー』と鳴いてみると、カラスは臆することなく鳴き続けた。さすが烏ケ山だと意味もなく納得しながら歩いて行くと、その烏ケ山の南峰がいよいよ近づいてきた。

 

 

道は相変わらず笹と灌木に覆われた道。掻き分けた拍子に固い笹の茎が跳ね返って顔を叩き、灌木の細い枝に袖を引っかけたりと難儀しながら歩いて行くと、南峰直下でロープ場が現れた。

苔が生え濡れたロープが掛かった岩場はとても滑りやすい。

そのロープ場を登りきると二日前に観測された、大山の初冠雪の跡が残っていた。

 

 

 

その先で周りの景色が一度に見渡せた。南には谷から峰へ絵具をこぼしたように多彩な色が広がり、目の前には一瞬烏ケ山の山頂と見間違えそう南峰の尖ったピークも彩をまとっていた。

 

 

 

 

露岩の続く道を巻き道があるのにわざわざ岩の上を歩いてくる奥様。すぐ横は切れ落ち滑り落ちれば奈落の底だ。

 

すると次に現れたのは、剣山の行場にあるおくさりの様な岩の切れ目が細くなった所にロープがかかっていた。痩せの奥さまは何の問題もなくスイスイと登って行ったが、メタボの私は狭い場所で、お腹の浮き輪に膝が当たって体が持ち上がらない。

 

 

 

メタボチェックの岩場、おくさりを登りきると新小屋峠と山頂への分岐。たしかこの辺りの岩の上であの宇多田ヒカルが天然水・奥大山のCMを撮っていたはずだが、はたしてどの岩かが分からない。

『ヒカル岩』と呼ばれている岩だが、取りあえずはそれらしい岩の上で写真を撮ってみるが、どうも雰囲気が違っているみたいだったので、この先で会う人に正確な場所を聞いてみることにして分岐からさらに上へと登って行く。

 

 

 

岩場を乗り越えると短い距離だが平坦なピークになっていた。その先でネットで調べていて目に留まった、大山の南東壁を背にした烏ケ山の山頂が目の前に姿を現した。

灰色の冷たい雰囲気のする南東壁から赤く染まって緩やかに広がる大山の裾野、今まで見たことのない絶景に思わず『お~お』と声がでる。

この絶景が見たくて今日はここまでやってきた。思っていた以上に実際に見る景色は100点満点だ!いやそれ以上か!

 

 

 

南峰からはいったん下って、南峰から見えた通りの急な斜面を登ると烏ケ山山頂に着いた。山頂には女性二人の組と男性二人の組、そして駐車場で先にスタートしたご夫婦が休んでいた。その人たちに簡単に挨拶をして、山頂標の後ろの大岩の横から先に回り込むと、背の低い北峰の奥に遮るものがなくなった南東壁がさらに大きな姿で現れた。

目の前の北峰も鮮やかな色彩を放っていたが、その奥でキリン峠から三角にすそ野を広げ、絵の具を散りばめたような原生林が続いていた。

 

 

 

 

その南東壁から北東に続く稜線の端に見えるのは振子山親指ピークだろうか?

その途中には三鈷峰がちょこんと頭を出している。

 

 

見下ろしたそのすそ野は光の当たり方でその彩度を変えていく。陽の当たった山肌が明るく輝くのを見て私たちの目は奪われる。四国にも紅葉の名所はいくつもあるが、これだけのスケール感が広がる場所はない。この大山が西日本でも屈指の人気の山だというのが頷ける。

この景色を目の前にしてザックを降ろして、朝つるや食堂仕入れたお弁当を食べる。それにしても何という贅沢な時間だろうか。

 

 

お弁当を食べた後はこれだけの景色を目の前にたっぷりと撮影タイムを撮る。

先にお昼を終わらせていたご夫婦と少し話をすると、車中泊をしながら山に出かけているという。この大山の景色が素晴らしいと話をすると、以前に出かけた石鎚山の紅葉も良かったと話をしてくれた。

 

 

大岩まで戻ると今度は男性二人がその岩の前で何か躊躇している様子だった。年配の男性から『この岩を登っている人がいますよね』と声を掛けられたが、登ろうと思ったが取り付き方が分からない様子だったので、へっぽこながら私が登ってみた。ソールがすり減りグリップの効かない登山靴で少し手こずったが、何とか大岩の上へ上がってポーズ。

続いて奥様がチャレンジしてみるも、足がかり手がかりの位置がなかなか分からずに途中であきらめ降りてきた。

二人に『頑張ってみてください』と声をかけて山頂をあとにした。

 

 

山頂から下り始めると向かいの南峰から下ってきている団体の姿が見えた。

先ほどのご夫婦が『徳島から18名の団体が来ています』と教えてくれたが、その団体さんの様だ。このまま待っていたのでは人数からしてけっこう時間がかかりそうなので、南峰までは離合しにくい狭い道だがそのまま下って行く。

すると鞍部の手前で高齢の男性がひとり『ゆっくり降りて来てください』と声をかけてくれた。その後『二名通過!』と後ろに向かって声をだす。どうやら団体さんのリーダーのようだ。その後鞍部で残りの人たちと離合。どこかの山の会だろうか、平均年齢は高そうだが、団体行動の統率がとれている。

南峰に上る途中で振り返ると、烏ケ山の山頂へ数珠なりなって登っている団体さんの姿が見えた。

 

 

南峰から新小屋峠とキャンプ場の分岐まで降りる。スマホで『宇多田ヒカル・奥大山』と検索すると、それらしい岩の上に座っている宇多田ヒカルの画像が出てきた。

多分この岩だろうと目星をつけて、朝わざわざ買ってきた天然水・奥大山を片手に決めポーズ。いい歳したおばさんとおっさんがよくやるわ~。

 

 

 

分岐から新小屋峠へと進むといきなりのロープ場だった。稜線の北側になるロープ場はまだ濡れている岩が足を滑らせる。往路よりも長く続くロープ場だったが、ここで少し足を滑らせ岩に膝をぶつけてしまう。幸い半月板が欠けている内側でなく外側だったが、足が地面に着地する度に響いてくる。

 

 

何とかロープ場をクリアすると烏ケ山の険しい大岩壁が見渡せた。その山頂から派生する支尾根の色彩も見事の一言に尽きる。

 

 

道は急に開けて景色が広がったり、灌木の中の道になったりと変化に富んだ道。ただ頭の上や道の脇にはずっと秋色が続いていく。

道は所々でぬかるんでいて、ストックが効かずに笹を握りながら下るヶ所もあった。

 

 

 

烏谷の最上部に当たる向かいの山肌は、赤や橙の色の絵の具を筆先で置いた上に、山吹色が散りばめられているのがアクセントになっていてとてもきれいだ。

 

周りをこれだけの彩に囲まれながら歩いたことが今まででもそうそうない。赤からオレンジそして黄色へと次々に色が変化していく。そんな彩に見とれて足元を見ずに歩いているとぬかるんだ場所で足を滑らせてしまう。

 

 

 

 

 

陽が当たらない烏谷の最上部では、葉が散ってしまった木が白くまるで雪か霧氷がついたように見え、どこか寒々としてまた一味違った風景に見えた。

振り返ると先ほどまでいた南峰が薄くもう随分と遠くに見えた。

 

 

山頂では同じくらいの高さに見えた振子山もずいぶん上の方に見え、けっこう降りてきたのが分かる。

さらに下っていくと道標の立つ分岐に着いた。右に折れると新小屋峠への道、道標には書いていないが少しそのまま進むと 四島三角点 西鴨 1230.49m があるのを残念だが見逃してしまった。

 

 

分岐から右に折れると斜度はそれほどではないが長いロープ場が現れた。

やはりまだまだ足元が濡れている。滑らないように足を突っ張ったり、所々にある段差で足を降ろすとさきほど打った膝が痛む。

 

 

 

雲が広がり始めたのか、まだ14時過ぎだが周りが少しうす暗くなってきた。

それでもまだまだ今シーズン最後の秋色は楽しめる。陽が当たった鮮やかな色ではないが、薄く少し霞んだ彩も幻想的でまあまあ良い雰囲気だ。

 

 

 

ブナの森の中の道。ひときわ目立つ大きく四方八方に枝を広げたブナの大木。ほっそりとはしているがこの森の女王様だろうか。

相変わらず鳥の鳴く声も聞こえてこず、笹をかき分ける音だけが聞こえてくる。

 

 

 

最後の最後まで笹に覆われた道。車道を走る車の音が聞こえたと思ったら、あっという間に新小屋峠の登山口に着いた。

キャンプ場登山口とこの新小屋峠登山口烏ケ山のメインの登山口だが、取り付きにある道標は柱から落ち、白いプレートも一枚落ちていたので拾い上げてみると『えっここでもクマが出るの?』

 

 

今日のこの日を狙ってやってきた初めての烏ケ山は、大山の本峰ではないけれどもその素晴らしさを教えてくれた。

初夏のイワカガミそしてこの秋と、『またまた出かける場所が増えたね』『来年はどの辺りを登ろうか』と奥様。いえいえまだ三の沢から二の沢を線でつなぐのを諦めていないのは分かってますよ。

 

早めに降りたので環状道路へ車を走らせ秋の大山を満喫。

御机の藁葺小屋

 

鍵掛峠は南壁に雲がかかって残念。

 

三の沢の黄葉はなんという素晴らしさだ。

 

升水高原もまた違った雰囲気の彩だった。

 

 

 

伊予富士に心変わりしてしまいました!


今シーズンは是非歩きたいと思っていた大山。ただその大山の紅葉はまだ少し先の様子だったので、今週はどこに登ろうかと色々と考えた結果、西の奥様と二年前に見た裏寒風の紅葉をもう一度是非見てみたいという話になり、それではという事になったのだが、ただその裏寒風はもちろんの事、寒風山の紅葉の様子もYAMAPで検索してもさっぱり上がってこないので、取りあえず寒風山へ正規のルートで登って、南西峰辺りの紅葉の様子を伺いながら、色づきが良ければ裏寒風を降りてみようという事になった。

 

9時前に着いた寒風茶屋のトイレの下の駐車場は既にほぼ満車状態で、一番奥に1台分だけ残っていたスペースに車を停めて支度をしていると、先に到着していた何組かの人たちが準備を終えてスタートして行った。

空気は冷たいが風もないのでそれほど寒さは感じなかったが、薄い上着を一枚羽織ってトイレを済ませて我々も歩き始める。

 

 

 

いつもの事だが登山口からしばらくは梯子やロープ場のある急登が続いていく。その急登が終わる頃にふと『車のカギを閉めたのだろうか?』と思い始め、気になったので一応確認しに引き返すと、やはり鍵を閉め忘れていた。今日はもう一度その急登を登る羽目になる。

 

 

岩肌の急登から丸太のベンチが置かれた辺りからは緩やかな歩きやすい道になる。道の谷側には木々が色づいているのが見え始める。その緩やかな道から少し急な坂になると着ていた上着が暑くなり、一旦止まって上着を脱ぐ。上着を脱いだ後その横で奥様はすぐさまおにぎりを頬張っていた。

 

 

樹林帯を抜け道の脇にシコクササ現れると、頭の上には青空が広がっていた。最初に見えたのは冠山。ここで奥様に『あの山は?』と質問してみるも、なかなか山の名前が出てこない。やっとの事で冠山と答えてくれたものの、『時間切れです!』

 

 

その冠山を横目に見ながら少しづつ高度を上げていくと、伊予富士に続く尾根の東面が緑の木々に混じって、黄色やオレンジ色で色づいている様子が伺えた。

 

桑瀬峠に着くとおじいさんが一人一眼レフで写真を撮っていた。

肝心の南西峰直下の裏寒風の様子はというと、陽が当たっていないせいもあって色づきは今一つに感じられた。

 

振り返って写真を撮っているおじいさんの方を見てみると、錦秋の山肌の奥に霧氷が付いて薄っすらと白くなった伊予富士の山頂が見えた。

同じように見ていた奥様と顔を見合わせて『どうします?』と話しかけると、考えていることは同じだったようで『伊予富士に行きましょう!』となった。

後から来た三人組は寒風山へと歩いて行き、写真を撮り終えたおじいさんからは『どっちに行くの?』と問われて『霧氷が見えているので伊予富士にします。』と答えると、『あっちの方が景色もいいしね』とニコニコしながらおじいさんは寒風山へと歩いて行った。

 

 

桑瀬峠から稜線に乗ると周りには色づいた木々が立ち並んで、正面に見える伊予富士が『早く霧氷が解けないうちにおいでよ!』と我々を呼んでくれている気がした。

桑瀬峠の手前では青空が広がっていたのに、いつのまにか雲が天空を覆い始めていた。陽の当たらない寒風山の南西壁は暗く落ち込んだ雰囲気がしたが、陽が当たると一瞬にしてその表情を変えていく。『あれ?けっこう色づいているじゃん』と伊予富士に心変わりしたのを少し悔いたが、『この先の景色に期待しましょう』と、奥様に話しかけながら歩いて行く。

 

 

 

振り返ると桑瀬峠の東面の彩にも陽が当たって輝いていた。

次郎笈のトラバース道に一本楓が立っているが、この斜面にもシコクササの中に一本楓が立っていた。しばらく稜線から下のトラバース道が続いていくと、右手に見える稜線もきれいに色づいていた。

ただ登山道には陽が当たらず吹き抜ける冷たい風に、途中で立ち止まって上着を着こんでいたご夫婦と一緒に『寒いですね~』と言いながら我々も上着を羽織る。

 

 

 

桑瀬峠から続く稜線はここから左に行く鷹ノ巣尾根(エントツ山さん命名)、右に折れると伊予富士に続く稜線になる。

少し窪んだ鞍部から右に折れると伊予富士への笹原尾根が現れた。その尾根から振り返ると鷹ノ巣尾根の双耳峰から始まる全容が見渡せた。

 

 

 

 

『こんなきれいな道だったかな?』と言ったかと思うと『私、伊予富士に登ったかしら』とまで言い始めた奥様は、何年か前にWOC登山部で歩いたのを全く覚えていない。

笹原越しには西条市の壬生川の火力発電所のエントツが見えた。

 

 

 

ここまで歩いてもお日様は顔を出してくれない。陽が当たらない山肌の紅葉はやっぱり今一つ冴えない。それでも一瞬でも陽が当たるとその彩度は一気に上がって、二人で『ほらあそこ!』『ほらあれ!』と言い合いその瞬間を眺めながら歩いて行く。

 

 

 

 

目の前の伊予富士もガスが次々と流れて来て山頂が見え隠れしている。そのせいで桑瀬峠から見えた霧氷の様子もどうなっているのか伺えない。近づくとその艶やかさが分る楓だったが、やはり青空の下で眺めてみたい。

 

 

 

ここからいよいよ四国三大急登(相栗峠から大滝山・石墨山そして伊予富士)のうちのひとつの山頂へのアプローチが始まる。先日歩いた石鎚山の東陵ルートの笹滝ほどではないが、ここも足元が笹で覆われて歩きづらい。

場所によってはストックを抱えもち、笹の葉を握りながら身体を持ち上げていく。

 

 

 

笹原の急登が終わると一旦樹林帯の中に入る。周りを見ると楓の落葉で絨毯が出来ている。これが散る前だったらオレンジ色に染まった空間の中の素敵な道だったのだろうに、ピークを過ぎてしまっているのが残念だ。

 

 

その楓のプロムナードを抜けると山頂直下の笹の中に露岩が点在する道。まだ少し濡れたヶ所のある岩肌に足を滑らせないよう注意しながら登って行く。

空が刻々とその表情を変えていくと、それに合わせて山肌の色づきも違って見える。



 

 

急登が始まる手前で『お腹が空いたわね、山頂まではどれくらいかしら』と奥様が騒ぎ始めた。『あと20分くらい、12時には着くでしょう』と答えると、『いつもそう言って騙されてきたのよ』と愚痴をこぼしていた。

そんな話をしていたことも急登で忘れてしまったのか、いつの間にか山頂に着くと『あら山頂はこんなに狭かったかしら?』と奥様。いやいやこの伊予富士に登ったことすら忘れていたじゃないですか。

山頂には3組のご夫婦と一人の男性が腰を下ろしてお昼ご飯を食べていた。

山頂から西の東黒森山に続く稜線は勢いよく雲が流れて、その稜線も見え隠れしていたが、雲が流れると子持権現瓶ケ森までの稜線も眺められた。ただ重くのしかかった雲が恨めしい。

 

 

 

 

 

冷たい風が吹く中で我々も腰を下ろしてお昼ご飯を食べる。吹く風がとにかく冷たく耳も手も痛い。タオルをほっかむりしてさらにフードを被っても寒かった。これからは服装に注意が必要だと二人で話をする。

 

 

 

青空の下の眺望が最高なのはもちろんだが、雲が流れてどんどん移り変わって行く景色も幻想的でいいもんだ。桑瀬峠で見えた霧氷はすでに消えていたけれど、『今度は紅葉がピークの時に来ようね』と話をしながら下山を開始する。

 

 

 

笹で覆われ足元の見えない場所では登りの時よりさらに注意が必要だ。岩につまずいて転びでもしたらこの急坂、そのまま下までおむすびコロリンと転げ落ちそうだ。

 

 

 

 

相変わらず雲が流れて歩いてきた稜線の色を薄くしていた。

 

 

 

すると今までずっと雲に覆われていた寒風山の山頂が一瞬顔を出した。その手前の稜線の北面の紅葉はほぼ終わりかけていたが、ピーク時にはさぞや見応えがあっただろうと思うと、紅葉狩りのできる場所がまたひとつ増えた。

 

 

 

振り返ると雲が流れて伊予富士の山頂がくっきりと見えた。その山頂に続く稜線はあの急登があったとは思えない、たおやかな山容をしていた。ただその両側は岩壁で切れ落ちまた違った顔をしていた。

 

 

 

稜線上の小ピークを登り鷹ノ巣尾根の双耳峰が近づいてくると『あそこは歩けるのかしら?』と奥様が仰るので、『雪山の時に歩いた人は知ってますけど』とエントツ山さんの話をする。

『途中の分岐の鞍部で踏み跡があったでしょう、そこが取り付きかもしれません』と言うと、『行ってみますか?』と即返事が返ってきた。『しまった、いらん事を言ってしまった』と思っても後の祭り。奥様はもうすでにその気になっていた。



 

 

稜線北面の紅葉をじっくり見ることもなく、鞍部に着くと直ぐに踏み跡を辿って奥様が登り始めた。ただ踏み跡は直ぐに分からなくなり、周りは灌木に覆われ始めた。その枝を掻き分け奥様は登って行ったが、『これ以上は無理、やっぱり雪が積もった時でないと進めないのかも』と言いながら降りて来た。

 

 

先に登山道まで降りて桑瀬峠へと写真を撮りながら歩いて行くと後ろで『あっ、テープがあるわ』と声がした。まだ奥様は諦めきれない様子だったが、私はもう随分と先に進んでいたので戻らずそのまま登山道を下って行く。

 

 

道が稜線から南側のトラバースになると寒風山の南西壁にも陽が当たり始めていた。さらに少しすると一瞬雲が流れて寒風山の山頂そして笹ヶ峰の山頂も見る事ができた。

 

 

 

 

鷹ノ巣尾根へのプチ寄道もあって伊予富士山頂からは1時間20分ほどで桑瀬峠に着いた。峠ではすでに人影はなかったけれど、ここにきて日差しが道標を明るく照らしていた。

 


峠からは歩き慣れた道、35分ほどで登山口へ降りたった。満車だった駐車場も車の台数は減っていて、我々も今日のもう一つの目的のために直ぐに車に乗り込み走り始めた。

 

 

 

その目的地は以前から行きたかったアウドドアショップのクロスポイント。以前、四国中央市の寒川町にあった時は、何度が尋ねて買い物をしたりしたが、店舗が西条市に移転してきて、定休日が水曜日なのでいつも訪れることが出来ずにいた。それで今回はわざわざ火曜日に予定を変えて、山を下りた後初めて訪ねることが出来た。

ショップには高松のショップにはない店主のこだわりのあるブランドの登山用品が並べられ、そんな目移りする商品を見ながら、今回は買い物はせずに奥のスペースで美味しいコーヒーとコーヒーロールを注文してゆっくりと時間を過ごした。

今日の裏寒風の紅葉はどうだったか気になるところだが、この季節に初めて歩いた伊予富士は、予想外に紅葉を楽しめるルートだった。来年からまたひとつ紅葉狩りで歩く山が増え楽しみが増えた。

さてさて大山の紅葉は来週・再来週になるかな?

 

 

 

乗鞍岳・白川郷を諦め飛騨高山・上高地へ!

 

今年の遠征は奥さんを誘ってお手軽3,000m峰の乗鞍岳を考えていましたが、夏から秋にかけての天候が不順で、どうにもタイミングを逃して行きそびれてしまいました。すると奥さんが『今年はどこにも行けないのかな~』と時々愚痴を言い始めました。

今回奥さんを誘う口上として白川郷乗鞍岳としていたので、山は無理でも白川郷なら多少天気が悪くてもと思い誘ってみました。

ただ白川郷だけではもったいないので近くの飛騨高山を計画に入れてみると、今度はそこまで行くと直ぐ近くの平湯温泉上高地が目に入ってきました。

それならと思い切って白川郷は取りやめ、飛騨高山と上高地の観光ツアーに計画変更して奥さんに話をすると、ノリノリで機嫌よく二つ返事。

『それじゃ飛騨高山での立ち寄り先を探して決めといて』と話をした結果、まず第一候補がこの『飛騨の里』でした。

 

 

飛騨の里は飛騨の暮らしを再現した集落博物館。園内には茅葺の合掌造りの民家が6軒あり、他にも榑葺き屋根の民家を見学できるようになっていました。(白川郷の合掌造りを諦めてなかった)

初めてみる合掌造りの民家は想像以上に大きく見応えがありました。

 

 

 

園内はほぼ外国人観光客で、日本人はほとんど見当たりませんでした。

こういった民族文化は日本人以上に外国の人たちの方が興味があるようです。

 

 

 

お昼は近くのレストランで食事。オーナーシェフと娘さんらしい方二人で忙しそうにしていました。とても凝ったプレートランチはどれも美味しくいただきました。

 

 

 

食事の後、今度は私のリクエストで『アルプス展望・スカイパーク公園』へ。

その名の通り高山の市内を見下ろし、その視線の奥には北アルプスの山々が一望できました。

 

一番手前は笠ケ岳。その右横にはあの槍ケ岳と大喰岳、中岳の稜線

 

当初予定していた乗鞍岳もバッチリ!

 

毎日こんな景色を眺められて羨ましいな~!

 

スカイパークで北アルプスの峰々を探訪した後は、古い町並みの残る市内の三町に。

こちらも半分以上が海外の方たち。『飛騨の小京都』と呼ばれているのは、その古い町並みの趣だけでなく、京都と同じようにインバウンドで賑わっていました。



 

 

 

泊は上高地行のバスが出る平湯温泉。圧倒的な数のバイキングでお腹いっぱいになり、その後温泉にゆっくり浸かって明日に備えます。

 

 

やっぱり東陵ルート、やっぱり墓場尾根なのね。

 

ここ数年10月に入って恒例になっている石鎚山詣で。今年の紅葉は少し遅れているかなと思って、1週遅らせて出かけることにしたのだが、週末に西の奥様に『天狗岳の紅葉は意外と早く進んでピークは今週末だったかも』と連絡すると、『大丈夫、墓場尾根の紅葉は天狗岳より1週間以上はズレるから』と返事が返ってきた。なるほどやっぱり奥様のお目当ては天狗岳よりも墓場尾根、そして東陵ルートから仰ぎ見る南尖峰の紅葉なのか・・・・。

 

いつもより早めの6時に豊浜SAで待ち合わせをして一路土小屋目指して高速を走って行く。西条ICで降りて途中にあるコンビニからは、遠くに雲一つない石鎚山の岩稜が確認出来て期待が膨らんでいく。

寒風トンネルを抜け寒風茶屋へのクネクネとした道を走らせ、茶屋の前のトイレで用をたして、さらに瓶ケ森林道を走って行く。窓を開けると澄んだ空気と冷気が車の中を満たしていく。

フロントガラスの先に最初に目に飛び込んできたのは伊予富士。山頂近くが色づいているのが見える。

 

そしてその伊予富士の西の登山口を過ぎ東黒森の足元を回り込むと、この瓶ケ森林道で最も絵になる自念子ノ頭を背に続いていくスカイライン。その奥には筒上山が見えている。

 

そして続いて見えたのは対照的な山容の雌山・雄山の瓶ケ森。雄山の山肌の紅葉のピークはもう少し先かな?

 

 

この瓶ケ森林道は何度も走っているけれど、何回走っても飽きることなく、いつも感動を覚える。そして最後のラスボス石鎚山

その石鎚山南尖峰には南から流れてきている雲がかかっていた。『どうぞあの雲が流れて晴れますように!』

 

自宅を5時に出て土小屋に着いたのは8時30分近く。自宅を出て3時間30分、やはり土小屋は遠いな~と思いながら見ると、ロータリーの駐車場はもちろんの事、スカイライン側の駐車場も路肩にまで車が停まっていた。

しかたがないので第二駐車場へ向かう途中の路肩が広がった場所に車を停める。ただここでもほぼ満車状態だった。

 

身支度を整えて取りあえず土小屋まで歩いて行き、いつもの場所からスタートする。最初はウラジロモミの林の中緩やかな道が続いていく。その林を過ぎてしばらくは鶴ノ子ノ頭の北側を回り込むようにして道は続いていく。

 

 

この間は稜線の北側という事もあって、足元の土は降雨があったのか朝露のせいなのか

ずっと濡れていて、所々でぬかるんだ場所もあった。途中にある木製の橋や階段も濡れていてとても滑りやすい。

 

いつも一息入れる第一ベンチでは重く雲がのしかかった南尖峰が顔を隠していたが、時折その雲が流れてチラチラと顔を見せて、期待感をもてあそんでくれる。

 

 

第一ベンチから1677mの標高点辺りまでは、稜線の南側の道。土も乾いてまだ寝ぼけまなこのリンドウが花を開きかけていた。

 

 

 

途中にあるビューポイントでも最初は南尖峰から弥山にかけて全体が雲に覆われていたが、次第に南からの雲が流れてその山容が確認できるようになった。それを見て後から来た男性と三人で『やったね!』と歓声を上げる。

 

 

土小屋から1時間10分ほどで東陵ルートへの取り付きとなる第三ベンチに着いた。その長いベンチは休憩する人の姿でほぼ埋まっていたが、残った一番端に腰掛けザックを降ろしてスパッツを付ける。横に座っていた二人の若者に奥様が話しかけると、二人は昨晩大阪万博の花火とドローンショーを見物した後、そのまま寝ずに車を走らせ弥山に登って御来光を見て降りて来たところだと言っている。そしてこのまままた車で帰ると言うので、奥様と二人で『若いっていいね~がんばって!』と二人を励ます。

次々と腰を上げて歩き出す人、そして次々と土小屋からやってくる人たちで第三ベンチは賑わっていた。

 

 

スパッツを付けたらベンチに腰掛けている人達の後ろを通って東陵ルートへと入って行く。稜線に上がるまでは木々の幹を掴みながら登って行き、稜線に出ると今度は笹の葉を掴んで進んで行く。

 

 

 

途中にあるメタボチェックの木では、スマートな奥様はすんなり。最近横にも浮き輪が広がったへっぽこリーダーは、息を止めて浮き輪を窄めて何とか通れた。

笹は所々で背丈近くになるが、朝露で濡れていると思ってスパッツを付けたが、意外と葉は乾いていて掻き分けるたびに埃がたった。

 

 

 

途中から見えた南尖峰矢筈岩の間の彩はまさに錦の絨毯だった。こんな絶景が見られるから東陵コースはやめられない。南尖峰にはガスが流れてきているが、それはそれでいい感じだ。

 

相変わらず笹は濃いが、以前に比べると今では踏み跡はしっかり付いているので迷うことはない。色づいた目の前の岩塊の左手に回り込みながら登って行く。

その岩塊を越えるとこのルートの名物のひとつの『笹滝』。大きな矢筈岩とその横の岩との間を、滝の水が流れ落ちるように笹原が流れている斜面だ。先ほど抜いて行った三人組がその笹滝を登って行っているのが見える。

 

 

矢筈岩の足元から笹滝の中央部へ入る。笹は深くけっこうな段差を笹を掴んで身体を持ち上げ登って行く。何年か前にこの東陵ルートを下った際に、この笹滝でよそ見をして足を踏み外して、下に居た奥様の所まで転げ落ちた苦い経験のある場所。足元の見えないこの場所は下るよりは登る方が気が楽だ。

 

 

 

笹滝の最上部まで来て振り返ると、矢筈岩と横の岩との間に瓶ケ森が遠くに見えた。笹滝が終わると直ぐ上の岩をよじ登って行く。

 

 

 

 

その岩肌を乗越すと南尖峰が随分近くに迫ってきた。ここでも裾野に向かって笹原が続いている。健脚な人たちはここを面河の沢から這い上がってきている。先ほどの笹滝とは比べ物にならないくらい大変さで、踏み跡もなく笹藪漕ぎが延々と続くルートだ。

 

 

 

南尖峰の手前の岩稜の冷たい岩肌と明るく輝く錦秋とのコントラストが今風に言うと『映える(ばえる)』。

その岩稜の岩肌を乗り越えるのだが、足がかりが悪くて奥様が少し苦戦をしている。

 

 

 

それを乗り越えるといよいよ目の前に遮るもののない南尖峰の全容が見渡せる。二年前に見た時と比べて紅葉の色が少しくすんでいるように見えたが、それでもここから見る南尖峰の岩塊は圧巻だ。

その尖った南尖峰の先鋒に立つ人の姿が見える。

 

 

今乗越した岩稜と墓場尾根との間にも裾野に向かって笹原が続いている。その最上部がカニの横ばいと呼ばれているトラバースで岩稜を伝って登って行く。

 

 

 

先ほどまでくすんで見えた紅葉も、陽が当たるとやはり鮮やかな色になる。

 

 

そして最後は南尖峰直下の岩登り。

二年前は友人と奥様と三人で来て、結局最後に何とか登れた友人にロープを降ろしてもらってやっと登ることが出来た。昨年はそのリベンジで奥様と二人で天狗岳から南尖峰まで来て、ここまで一旦降りて来て同じルートを登ってみると、その前までなかった足掛かりができていて割とすんなり登れたのだが、今回は二年前と同じようにその足掛かりが見当たらず、奥様がどうしても登れずにいた。

 

仕方がないので選手交代でヘッポコリーダーがチャレンジするも、やはり足掛かりがなく、右上の岩の掛かりになかなか手が届かない。しかも胸の前にカメラバックを抱えたままで登りづらい。それでも悪戦苦闘しながら何とか登りきる事ができた。

 

 

 

後に続けとばかりに奥様が再チャレンジするものの、どうしても足掛かりがなく右手が岩の掛かりに届かず身体を持ち上げることが出来ずにバタバタともがいていた。

残念だが仕方がないのでザックから奥の手のロープを取り出し救いの手を差し出す。

この東陵ルートに入ってから『今日はあの岩を登れるかな』と何度も気にしていただけに、至極悔しがる奥様だった。

 

 

 

それでは気を取り直して墓場尾根に行きましょう。

一昨年はエントツ山さんの自宅まで押しかけて、墓場尾根までのルートを絵に描いてもらって墓場尾根の上に立つことが出来た。今回はその記憶通りに左手の岩肌の最下部まで一旦下って行く。

すると斜め下に奥様のもう一つのお目当ての、紅葉の上に浮かぶ墓場尾根が見えた。

柱状節理によってできた棒状の四角い柱が束になって空に向かってそそり立つ姿は、ここでしか見ることのない絶景だ。

 

 

 

その上には墓場尾根の何倍もの太さの大砲岩。こちらも今にも砲口から、大きな弾丸が空に向かって飛んでいきそうな形をしてた。

 

 

岩肌の最下部から今度は斜め上の大砲岩に向かって登って行く。途中にも墓場尾根のビューポイントがあり、何だか写真家気取りでカメラを構えて写真を撮るヘッポコリーダーだった。

大砲岩の高さまで登ると今度は横にトラバースして大砲岩の横に。そこからは背の低い木々の間を墓場尾根に向かって下って行く。

 

 

大砲岩から墓場尾根の中間部にテラス岩があり、墓場尾根の写真スポットになっている。奥様は墓場尾根まで下って行ったので、私はテラスに残って奥様の写真を撮る事にする。振り返り見上げるとゴツゴツとした岩肌の南尖峰の尖端が見えた。

 

 

その南尖峰を見ながら視線を左に向けると、先ほど見た大砲岩が今度は反対側から少しスリムになって見えた。そしてさらに視線を移していくと、今日歩いてきた土小屋から続く稜線が見渡せた。

 

 

暫くすると奥様が二年ぶり念願の墓場尾根の上に立つ姿が見えた。岩の上に立ち喜びバンザイをする奥様。

墓場尾根から奥様が戻って来るのに少し時間がかかっていたので、周りの彩を写真に収めるが、鮮やかな色とは別にこの夏の酷暑のせいか、夏枯れした葉も目立っていた。

 

 

 

 

 

お目当ての墓場尾根のアタック?が終われば長居は無用。グーグーなっているお腹を満たすために、今日のお昼はカレーライスを食べると決めていた山荘を目指して戻って行く。

 

 

 

朝の駐車場の混雑具合から、今日の天狗岳弥山は大混雑だろうを予想していたが、途中から見えた天狗岳弥山もそれほどの人だかりには見えなかった。

 

 

 

天狗岳への途中でご夫婦に声をかけられ、『この先には行けますか?』と尋ねられた。

南尖峰という所で行き止まりですが、少し右に下ったら柱状節理の墓場尾根と呼ばれる奇岩が見られますよ!』と教えてあげると、大阪から来たと仰るので『それじゃ是非見に行ってください』と勧めてみる。すると奥さんが『写真をお撮りしましょうか?』と言って天狗岳をバックに二人の写真を撮ってくれた。写真を撮り終えたご夫婦は『それじゃ行ってみます』南尖峰へと歩いて行った。

 

天狗岳からの鞍部に降りる途中で、道を外して北壁側を歩いた奥様は、悪い癖が出てまた断崖絶壁を覗き込んでいる。『素敵!』と声をあげる奥様に釣られて恐々ヘッポコリーダーも覗き込んでみると、南尖峰から続く裾野に錦秋の帯が出来ていた。

今日はいつもよりこちらへの人出が少ない。先ほど数少ないすれ違った若い男性が、南尖峰の北側のピークに立ったのを見て、うれしくなって思わず手を振る。

 

 

 

天狗岳では今度は若いカップルが自撮りでプレートを持った写真を撮ろうとしていたので、『お撮りしましょうか?』と奥様が声をかけた。『私ではなく名カメラマンが』と言うので、『いらん事を言って』と言って、少し照れながら女性の持っていたスマホを受け取り写真に収めてあげると、今度は反対に男性が私のカメラで写真を撮ってくれた。

 

 

写真を撮ってもらった後弥山へ向かう途中で、撮影機材を各々持った団体とすれ違う。中にひとり見覚えのある『石鎚山のレジェンド』の古川氏の姿があった。どうやら撮影隊を案内しているようだった。

 

 

あと少しで弥山という所で二人で自然と『カレー・カレー・カレー』と声が出る。その後奥様は『カレー・ビール、カレー・ビール』と言っている。

この稜線上の紅葉の花形のドウダンツツジももう終盤の様だった。

 

 

弥山からの鞍部までは笹の生え際は通行禁止になっているので、北壁側の岩の稜線を歩いて行く。昨年歩いたこの辺は、北壁を吹き上げてくる暴風で飛ばされそうになって怖かった記憶がある場所だ。

 

 

 

弥山の突端からの鎖を登った奥様。振り返って見えた天狗岳は最高の彩だった。いつかはここから御来光で黄金に輝く天狗岳の写真を撮ってみたい。

 

 

弥山山頂の広場はやはり意外と人は多くなかった。朝のあの駐車場の混雑ぶりは何だったのだろうか?それとももう多くの人が降りて行ったのだろうか。

それでは待ちに待った山荘でカレーライスを頂く。ベジタブルカレーに奥様はもちろんビールを追加した。

山荘の食堂のテーブルの横には石鎚神社への寄付者の名前が書かれていた。中には壱千萬以上を寄付している人もいた。流石に高額寄付者の名前は伏せていたが、熱心な信者さんの名前が何百人も連なり書かれていた。それにしても何百萬から何千萬もの寄付なんて、平民には考えられない。

 

 

お腹を満たして後は下るだけ。山荘を出ると奥様が『私は三ノ鎖から降りるけど一緒の降ります?』と言うので、丁重にお断りをしてガスが出始めた天狗岳の見納めをして、普通に登山道を下って行く。

 

 

 

登山道では登り終えたグループが賑やかに話をしながら下って行っている。西ノ冠岳へ続く稜線ではカエデ類のオレンジ色の彩が目立っていた。

 

 

三ノ鎖元まで来ると、天狗岳の手前で写真を撮ってもらったご夫婦が二人で降りて来た。その後に続いて奥様が降りて来ている。先には奥さんが後からご主人が降りて来たが、この鎖は女性は鎖の輪に足先が入るが、男性は足が入らず女性よりも降りにくいのだ。

鎖元の横からは日陰で少し色が冴えなかったが、それでも北壁の今シーズン最後の彩を確認することが出来た。

 

 

三ノ鎖元から登山道を降りて行くと、下から見覚えのあるシャツを着た男性が登って来ていた。それを見て奥様が『○○さん!』と声をかけと、WOC登山部で一緒だったヤモッチさんだった。今日はこのまま山荘で泊まって明日山を下りると言う。天気は下り坂なのにと言うと、なかなか山荘の予約が取れないでいて、今晩キャンセルがやっとでて予約が出来たそうだ。

今年は国見山でもお会いしたヤモッチさんに『今度はどこの山で会えるかな?』と言って別れる。

 

公衆トイレの前で先ほどのご夫婦と話をすると、この方たちも昨日大阪万博の花火を見た後、大阪南港からオレンジフェリーに乗って8時間で東予港に。その後バスを乗り継いてロープウェイを使って登って来たそうだ。この後またバスを乗り継ぎフェリー乗り場へ行き、そのままフェリーに乗って明日は仕事だそうだ。

いつも日帰りゆるゆる登山の私たちにとっては、朝方の若者といい、このご夫婦といい、その行動力にほんとうに目が点になる。

 

 

公衆トイレからは土小屋までスピードアップ。北壁の紅葉もピークの様子だったが、如何せん陽が当たらないとその色は冴えない。

 

 

 

公衆トイレから第三ベンチへ、そして第三ベンチから土小屋へも朝に比べて距離が長く感じる。いつもの事だが帰りの稜線の北側は、時間的なものもあって薄暗くなっているのでなおさらそう感じてしまう。

 

 


鶴ノ子ノ頭のトラバース道から稜線に出ると、今は錆びて文字が判読できない巨大な矢印看板が道の横にある。ここから初めて国民宿舎に向かって降り、古びた宿舎の前を通って朝停めた車の場所までさらに下って行く。

朝には満車だった広い路肩も、三台の車が残るだけだった。賑やかだった祭りの後の雰囲気のする寂しげな駐車場をあとに、次第にガスが濃くなっていく瓶ケ森林道を一路自宅へと車を走らせた。