
先週の寒霞渓の馬の背に出かけた時に、池田港でフェリーを降りてまず目についたのが正面に見えるこの岩壁だった。さっそく地形図で見てみるとその岸壁の上は太麻山となっていた。しかもその岸壁の足元には何やらお寺らしい屋根が見えている。これも地図で見てみると『西之滝・竜水寺』となっていた。
池田港から草壁へのバスの中で窓からも見えた岩壁を眺めていると、西の奥様が『次はあそこに登るの?』と一言。なんだか見透かされたようで『そうですね~』と曖昧な返事をした。
そのあと馬の背からの下山後に、ぎゅうぎゅう詰めの満員で暑苦しい帰りのバスの中で、脱いだ帽子を西の奥様が座席に忘れてしまったのをバスを降りてから気が付いた。一応バス会社に連絡をして、取りに行けたら行くので取り置きをしておいてくださいと連絡をして、今週の計画がその時点で決定した。
今回は8時32分発の池田行きのフェリーに乗り込むと、先週の一便早い6時台では作業着姿の人が多かったが、今回の便では観光らしい人たちがほとんどだった。


フェリー乗り場から県道に出て東に少し歩いた後、山に向かって続く坂道を民家の間を登っていくと、オリーブ畑の中の道になった。道の両側のオリーブはそろそろ収穫時期になるのかたわわに実っていた。



コンクリート道を登り詰めると一旦舗装路に出た。舗装路を横断して山側に続く道を登っていくと、すぐに地形図にも破線が載っている樹林帯の中の道になる。今はほぼ歩かれていない道だが、以前は畑地の中の道だった雰囲気がする。


途中で地形図での線が左に折れている場所に古いテープが巻かれていたが、色褪せて見逃しそうになる。ここでは左に折れるが途中で道が途切れてきたので、尾根に向かって無理やり登っていく。するとすぐに真砂土の滑る斜面。ズルズル足を滑らせながら登っていくと鉄塔広場に出て、すぐにまた舗装路に出た。



舗装路から少し下がると竜水寺の駐車場への道になる。取り付きに立つ仏像には、後光ならぬ前光が射していた。


駐車場までの道は狭く片側通行になっていたが、入り口にある信号は今は使われていなく、対向車が来ると離合するのに苦労しそうな幅の狭い道だった。



くねくねと曲がりくねった道を登ると石灯篭の並ぶ駐車場に着いた。駐車場のすぐ上は港から見えた岩壁が続いている。岩肌は小豆島で今まで見てきた凝灰角礫岩・火山角礫岩でできていた。


灯篭の間から南西から南東の景色が広がっていた。今は干潮なのか弁天島からエンジェルロードが繋がっているのが見える。今日はこの後太麻山から高壺山に縦走した後、できれば弁天島まで歩きたいと思っている。(YAMAPの山頂ポイントのひとつなので)


参道から山門にかけても寄進者による灯篭が並んでいる。白い灯篭の奥に真っ赤なモミジを背にした山門と、その後ろには灰色の岩肌とさらに上は濃い緑の木々。なかなか絵になる風景だ。


振り返ると少し霞んだ瀬戸内の海の対岸には、薄いシルエットの庵治の半島と五剣山。

正面の太子堂の上には立派な護摩堂、そのさらにその上には岩塊の頂に白いポールが見える。『あれは旗立て?』と奥様が聞くので、『あの岩に登れるらしいですよ』と答えると、一瞬で奥様の目が爛々と輝いた。『しまった~言うんじゃなかった』と思ったが後の祭り。このあと『どこから登るんだろう?』と何度も聞いてくる。

太子堂まで来ると奥の本堂のほうから年配の女性がやってきた。どうやら住職の奥様のようで、太子堂・本堂と案内してくれ本堂奥の洞窟の中に沸く『龍水』の説明をしてくれた。そのあとも護摩堂まで案内をしてくれ、明日は月に一度の護摩行が行われると教えてくれた。



護摩堂の外の回廊からも絶景が広がっていた。白く輝く池田湾、その先には三都半島。奥様はさっきからしきりに住職の奥様に、『あの旗立ての岩にはどこから登れるのですか?』としきりに聞いている。
すると『あれは旗立てでなくて避雷針なの』と教えてくれ、護摩堂の横から『ここから登るの』と言いながらさらに上まで案内してくれた。
避雷針の立つ岩塊には立派な鉄製の梯子がかかっていた。意気揚々と登っていく奥様。



一緒になって登っていくものの、梯子の上からは残念だがさらに上に立つ様子が写真に撮れない。護摩堂の横まで降りてくると岩塊の上に立つ写真が撮れたのだが・・・。


そこから太子堂まで降り、『私たちは太麻山まで登ろうと思うんです』と住職の奥様に話をしたが、奥様はその道は知らないらしくて、佛谷寺への遍路道に案内された。
以前に歩いていて今日の計画の参考にした『てつにー』さんのルートは本堂の横辺りから尾根に向かって登っていたが、遍路道まで行くと離れてしまっている。
『住職に聞いてきましょうか?』と親切で言ってくれたが、これ以上住職まで出てくるとなると話がややこしくなりそうなので、『適当に登ってみます』と言って別れて、遍路道の脇から適当に尾根に向かって登っていく。
住職の奥さんはへんろ道の脇の斜面に入っていく私たちを最後まで見送ってくれていた。
そこから尾根まで落ち葉のたっぷりと積もった斜面に足を滑らせ手こずる奥様。


一旦掘割になったような道らしい場所に出る。その掘割の中を登っていくと、その先の木々の間から明るい空が見えた。
本堂の横から登れていたならそれほど時間がかからなかっただろうに、やっとのことで尾根に出た。尾根には真砂土の上に、ここでもウバメガシの小さな落ち葉がたっぷり積もっていた。



尾根に沿って登っていくと二体の『目洗い地蔵』と呼ばれる石仏が並んでいた。地蔵の前には『池田の七不思議』と言われている湧き水があり、池田湾の干満に合わせて上下するそうだが、今日は枯れて底が見えている。


目洗い地蔵からさらに奥に進んでいくと今度は一体の石仏が祭られていた。ここでは気を付けないと真っすぐ行きそうになるが、石仏から左に折れて行くのが正解。
石仏からしばらく歩くと少しこんもりした場所が樹林帯に囲まれた太麻山山頂だった。


三角点は二等三角点 蒲生 427.23m。山頂標が見当たらないが、山名を書いた木の札が転がっていた。



ここからは広尾根を西に高壺山に向かってウバメガシの中を歩いて行く。三角点を越えて進んでいくと結構な頻度でテープがあるが、そのほとんどが劣化してわかりづらい。場所によってはほとんど木と同化しているテープもあった。



竜水寺と太麻山の次の今日の目当ては、高壺山までの途中にある絶景ポイント。
YAMAPの活動写真で見た写真には、以前に登った大嶽の前衛峰のような尖峰が写っていた。しかもその頂には大嶽と同じようにロープが垂れているのが見えていた。そのロープの真偽を確かめにと、絶景ポイントへと歩いて行く。
てつにーさんのトラックを見ながら途中で北に振って進むと、そこには岩塊以外にもに絶景が広がっていた。
正面には真っ白な小豆島大観音。ここから見下ろすと周りの景色と比較できるので、その大きさがよくわかる。
そしてその大観音から続く稜線は皇踏山に続く尾根。その稜線の際の岸壁の下には笠ケ瀧の霊場も見えている。
その視線を右に移すと、太麻山の北壁となる大岩壁がそびえたっていた。その岩壁を見てまた悪い癖で、足元から見上げてみたいという気持ちが湧いてくる。



そして目の前にはお目当ての尖峰。よく見ると確かにロープが垂れたり巻かれたりしている。そして活動日記の写真ではわからなかった岩塊の根元にも下まで長いロープが垂れていた。こちらからは行けそうにないけれど、ひょっとして下からは登れるかも?
そう言いながらいつものように奥様は端まで行って覗き込んでいる。



ここで大岩壁のすそ野に広がる錦秋を眺めながらのお昼ご飯。


そして食後は最高の景色を眺めながらのコーヒータイム。


絶景ポイントで40分ほどゆっくりした後は高壺山に。ゆっくりし過ぎてフェリーの時間が気になり始めた。ここから麓までは意外と距離がある。その上弁天島経由でフェリー乗り場まで歩くと、下山の時間は14時20分までには下りたい。
幸いなことにここからは緩やかな下り坂、奥様もスピードアップしていく。
すると一カ所展望が開けた場所に出た。高壺山への稜線はオレンジ色に染まって見えた。そしてその先に見えるエンジェルロードは潮が満ち始めて、もう渡れそうにない。




途中で岩尾根で行き止まりになる。その手前にテープがあったので岩の右手に回り込んで下っていくと、久しぶりの急坂。立っているのも容易ではなく、木の根元に足を運んで、木から木へと移っていく。奥様もなかなか立ってはいられないようだだ。



そんな奥様を振り返ってみるが、こちらもそれほど余裕はなく油断すると転がり落ちそうになる。ここまで急だとやっあぱり膝に堪えてくる。あ~でも楽しい!

やっとのことで急斜面を下りきると、今度は先ほど展望カ所から見えた紅葉ロード。その落ち葉の量は半端なく登山靴がほとんど埋まってしまって歩きづらい。


前方に見えるピークは偽ピークで、高壺山はまだまだ先のようだ。尾根はクヌギなどの落ち葉の道から今度はシダの道と変わり変化に富んでいる。基本的には町境の杭を辿っていっている。




途中の鞍部に『小豆島山の会』の道標が木の枝にかかっていた。ここから高壺山に向かっての尾根には猪垣が続いていた。皇踏山でも見かけた猪垣だが、ここでもかなりの距離で尾根の上に続いていた。




猪垣が途切れると高壺山の手前の偽ピーク。疲れてきた足にピークへの直登が堪える。その偽ピークを越えると真砂土の尾根、そして軽くひと登りするとやっと高壺山に着いた。



ここでも山頂標が見当たらない。すると脇の茂みの中に山名を書いた薄い木の札が落ちていた。茂みから拾い出して『これが目に入らぬか~』と水戸黄門の印籠ならぬ木札。

時間は14時前。下山後の下道を歩いて弁天島で山頂ポイントをゲットしてフェリー乗り場まで歩くとおおよそ4km。途中でごぞごぞしても15時30分には乗り場に着きたい。そう思ってまた一段とスピードを上げて下っていくと、また展望岩がひとつ。
時間は気になるがせっかくなので写真を一枚。岩からは南東に飛岬、正面にはどっしりした皇踏山、そして西にはもうほぼ満潮で海に水没したエンジェルロードが見えた。




展望岩からすぐに鉄塔広場に出た。広場の下には電波塔が建っていて、そこからは下道が続いていた。コンクリートの下道を下ると大きな廃屋。その山側には何やらコテージぽい朽ちた建物が何棟も並んでいる。以前ここはリゾート施設か何かだったのだろうか?他にも何棟も廃屋が残っている。





いったい何の施設だったんだろうと言いながら、さらに下るときれいな平屋の横で県道に出た。ここからは舗装路歩きの始まり。


途中にある土庄小学校横には山の斜面に何段にもなった石垣があった。最初は墓地かなと思ったが、墓石が立っていない。馬蹄形になった石垣は説明板によると、毎年開催される例大祭行事を見学するために江戸時代に造られた桟敷らしい。それにしてもなんて立派な桟敷だろう。


豊丘八幡神社の桟敷から小学校の横を通って弁天島へ。ちょうど下校時間だったようで、女の子たちが楽しそうに家路に帰っていた。

小豆島にはもう何度も来ているのに初めての訪問のエンジェルロード。手前の弁天島から中余島の間に干潮時だけに渡れる道。大切な人と手をつないで渡ると願いが叶うという。その弁天島の山頂は恋人たちの聖地になっていた。ここまでも歩いているのはカップルばかり、おじさんとおばさんには場違いな場所だった。



聖地からは今日歩き始めた竜水寺が太麻山の岸壁の下に見える。その手の黄色いイチョウの木があるのが佛谷寺かな?意外と遠くから歩いてきたんだと二人で感心する。
エンジェルロードは潮が引き始めて時間がたてば渡れるようになりそうだが、そんな時間までは待てずにフェリー乗り場へと急ぐ。



迷路の町の中を通り、以前に訪れた西光寺の三重塔を横目に見ながら歩いて行く。迷路の町では昔ながらの路地を右に左に曲がりながら歩いて行く。



フェリー乗り場には予定通りの時間に着いた。奥様はその先にある小豆島バスの事務所まで、今日最後の目的の忘れ物の帽子を取りに行く。その間に私は二人分の切符を買って、戻ってきた奥様とフェリーに乗り込んだ。
16時45分発のフェリーは、小豆島の島旅を楽しんだ観光客で賑わっていた。今週は先週に見た太麻山の岩壁が気になって出かけてきたが、今日はその北壁の尖峰に垂れていたロープが目に焼き付いて離れない。
さて来週も『YOUは何しにまた小豆島』かな?


今回のYAMAPの活動日記です(行動時間が分かります)









































































































































































































































































































































































































































































