幸せになりたくて、幸山・福山へ!

 

前日急に用事が入ってスケジュールを入れ替え、さてさてどこに出かけようかと考えていたら、YAMAPに『さゆさゆさん』が、岡山の総社市の南にある幸山・福山を歩いた活動日記をアップしていた。そこには大きな大きな岩の上に立つ写真が載っていた。その巨岩は幸山福山の間にあるらしい。そして色々調べてみると、この二つの山を一度に登ると幸福となると誰かが書いていた。さらに調べてみると近くにある他の三座を含めて、周回している人がいた。『よ~しこれだ!二つの山を歩いて幸せになるぞ!』そう思って出かけてきた。

 

スタート地点は『清音ふるさとふれあい広場』の駐車場。車を停めた駐車場の横のテニスコートでは、朝早くから結構年配の方が賑やかにテニスをしていた。ただし車のメーターに映された外気温は零度ちょうどだった!

公園の中、グランドゴルフ場や広場の横を通って山際まで歩いて行くと『福山を歩こう』と書かれた地図と案内板が建っていた。その横の池には氷が張っていた。

 

 

 

遊歩道の入り口から階段をひと登りするとまた大きな案内板。そこには『幸山から福山へ、幸福の小路』と書かれていた。そうこんな時は案内板をしっかりと確認するべきなのだが、最初の一座目は福山の西側にある軽部山と決めていたので、キャッチフレーズも見ずに適当に案内板を眺めて、そこから一旦南に向かって下って行く。

急な坂道を下り山の中から集落の中を適当に県道に向かって歩いて行く。

 

 

県道469号線に出ると倉敷方面、浅原峠に向かって坂道を歩道の上を歩いて行く。途中歩道の横の広場のような場所に何台もの車が停まっていた。なかには車からザックを下ろして担ぐ人の姿があった。YAMAPにはの横道南コース登山口となっている。その駐車場からしばらく登って峠の手前で歩道の脇にチェーンがかかった進入路がある。その進入路を山に向かって登って行くと舗装が途切れるので、その場所の右側が軽部山への取り付きになる。

 

 

 

取り付きからは落ち葉かたっぷり積もった道を、木の幹に巻かれた赤テープを目印にしながら登って行くと15分ほどで軽部山に着いた。周りは木々に囲まれて見晴らしはないが、二等三角点 黒田 244.05mが足元にあった。

先ほどの登山口駐車場に停まっていた車の台数はかなりの数だったが、地元の人はこちらに来る人はあまりいないように感じた。

 

 

山頂から折り返して県道まで戻る。この県道は総社市から倉敷市に抜ける道なのか、けっこう車が走って行く。峠から歩道の反対側に渡って山へと入って行く。すると右側には広々とした霊園。GoogleMapには浅原霊園となっている。Mapではポイントを押さえると概要が横に出てくるが、その中には24時間営業と掲載されていた。

確かに年中無休・24時間営業なのだが・・・・。(笑)

 

 

墓地の上をその奥の市街地を眺めながら登って行くと登山道になる。道の脇には先ほど見たのと同じような案内板やベンチが置いてある。YAMAPの地図もこの案内板でもいろいろなコースがあって、特にYAMAPの地図には福山を中心に縦横無尽にルートが設定されている。香川の里山でもこれだけルートがある山はなかなか無い。(無理やりルートを造っている里山はあるが、正式な登山道として)それだけに地元の人に愛されている山なのだろう。

 

 

歩く人が多いせいか軽部山と違って、道の落ち葉も踏み分けられていてちゃんと地面が現れている。ただ先ほどの軽部山でも見かけた小さな杭が道の真ん中に続いていて、軽部山では落ち葉に隠れて何度もつまずきそうになった。町境でもなさそうなのに何の杭なのか?

 

 

 

逆に『文部省』と彫られた大きな杭は倒れてしまって、道の脇の木に括りつけられていた。福山山頂からすると南側になるのだが、何故か『西16』と書かれたプレートが木に打ち付けられている。この先でも何カ所か同じようなプレートをこの先も見かける。(オリエンテーリング?)

 

 

地形図に福山城と書かれた場所で、登山道から少し脇に入って行くと展望所になっていた。ここまで来るとさすがに上着を脱がないと汗を掻いて暑い。遠くには水島のコンビナートの煙が見える。

ベンチに腰掛け上着を脱いで、水分補給をしていると女性が一人やってきた。地元の方らしいので、この後のから和霊山・由加山までの様子を聞いてみた。道は福山から下って行く感じで、残りの二つの山は眺望がないとの事。

 

 

 

福山城跡の展望所から山頂は直ぐだった。色々と石碑が建つ中を歩いて行くと、段々になった山城跡らしい山頂ではベンチが置かれて、何組かの人たちが腰掛け休んでいた。南に開けた場所のベンチでは老夫婦が景色を眺めながらのんびりと何か話をしていた。

南には倉敷の市街地。少し視線を東に振ると岡山の市内が見渡せた。

 

 

 

 

広々とした広場になった山頂にも大きな石碑が点在している。神社の跡だろうか1対の狛犬が向かい合って並んでいた。その先はまた展望が開けていて、今度は総社市の市街地を見渡すことができた。

 

 

 

 

展望所の横の東屋には時計が掛けられ、テーブルを囲んでベンチが並んでいる。地元の人たちがこの場所でお茶やお菓子を広げて寛いでいる姿が目に浮かんでくる。これだけの眺望だと山城のロケーションとしてはバツグンだろう。自撮りで写真を撮った後、次の和霊山へと歩いて行く。

 

 

 

 

広場の先に『野口 健』さんの名前を書いた杭。そこには総社市観光大使と書かれていた。野口さんと総社市の関りは分からないが、平成21年から市内の小学校で毎年『環境学校』を開催して、環境についての講演や清掃活動、そして実際に里山登山を行っているらしい。

山頂広場を過ぎると先ほどの展望所で話した女性に教えてもらった通り下りになって行く。

 

坂道を下りきると参道のような場所に出た。石柱の奥には屋根瓦が見えた。

愛媛の宇和島和霊神社の分霊を祭ったとされる神社だが、拝殿の横には絵馬殿を兼ねた城壁のような神門。その下には参道の石段が続いていた。

 

 

 

神門をくぐると拝殿までの廻廊がある。山中に合って、こじんまりとはしているが格式を感じられる神社だ。

 

 

 

和霊山は拝殿の東奥が取り付きになっていた。ピンクのテープがなかったら分かりにくい場所だった。その取りつきから少し歩くと和霊山。周りは木々に囲まれてピークらしくなく、山名札がなければ通り過ぎてしまいそうな場所だった。

 

和霊山からもしばらくは下り坂が続く。陽だまりの気持ちのいい竹林を過ぎ、さらに歩いて行くと可愛らしく飾られた山名札のかかった由加山に着いた。山の中にある木の枝や石をオブジェにして飾っている。そう言えば同じような感じのものが三頭山にも飾ってあったな。

 

 

 

その横には手作りの木箱の中には、女の子が大切にしまっているような小物?が置かれていた。ここまで途中の道はあまり歩かれていない様子だったが、この場所を大切に思っている人がいるのだろう。

 

 

 

時間はもう少しで12時。そろそろお腹が空いてきたが、ここや和霊山よりはせっかくなら眺望のいい福山まで戻ってお昼にしたい。写真を撮った後すぐに折り返す。

福山和霊神社との間の鞍部まで戻ると、道は西に向かって二手に分かれていた。その一方の道標に猿田彦神社と書かれていたので、その左側の道に歩いて行く。

すると青年が前から歩いてきた。下から登ってきたが福山への道が分からないと言うので、YAMAPの地図を見ながら、『猿田彦神社から道がつづいているようですよ』と教えてあげる。

森の中にひっそりと佇む拝殿と奥社。その左奥に福山山頂への石段が続いていた。

 

 

 

ここにも石にペイントした可愛らしいオブジェが置いてあった。

 

 

石段を登り山頂に着くと先ほどいた老夫婦の姿はなく、同じベンチに腰掛けカップ麺にお湯を注いでお昼にする。カップ麺を食べた後ずっと気になっていた場所を探しに歩いていると、またさっきの青年が前から歩いてきた。

『すみません、1234段の階段はどこにあるか知ってますか?』と今度は私が質問すると、丁寧にその場所まで案内してくれた。その1234段の階段は山頂北側の総社市が見える展望所の横にあった。

地形図には西に向かって続いていたので、こちら側(北側)にあるとは思わず探し回っていた。1234段といえば金毘羅さんの本宮までの石段より多く、奥社までの石段1368段より少し少ないくらいの段数だ。青年によるとやはり段数が多くてこちらから登ってくる人は少ないそうだ。

 

 

青年にお礼を言って別れた後、今日のメインディシュの巨岩のある幸山へと向かう。山頂広場から和霊山への道を少し歩くと妙見展望台と書かれた道標が建っていた。その道標のある分岐から北に向かって下って行くと東屋のある妙見展望台。東屋の下では年配の男性と女性が休憩していた。挨拶をしたあと、今日のここまでのルート

を話をして最後にこれから幸山に行くつもりだと話をすると、『ほんとうは幸山から福山へと歩くと幸福になるんだよ!』と。ガ~~~ン!そう言えばたしかスタート地点にあった案内板にも『幸山から福山へ・幸福の径』と書いてあった。(T_T)/~~~

 

 

 

 

そうか『幸福ではなくて福幸になってしまったのか』と思いながら眺望を眺めていると、男性が東屋の前で見下ろし指さしながら幸山の場所を教えてくれた。今度は女性の方が『この下に大きな八畳岩があるわよ!』と教えてくれるので、『ハイ、それを目当てに今日は来ました』と返事をする。

妙見展望台から年配の二人と分かれてさらに下って行くと、岩の上にまた小さなオブジェ。カエルを模した竹で作られたオブジェはまるで『無事に帰りなさいね!』と言っているようだ。

無事カエルからシダの道を降りて行くと目の前に写真で見た巨岩が現れた。

 

 

 

その巨岩の上には三重の石塔が載っている。この大きな岩の上まで梯子でもかけて持ち上げたのだろうか?またここまで運んでくるのも大変だっただろうに。三重の石塔の岩の下が八畳岩になっていた。この岩と同じように平らになった岩を八畳岩と呼んでいるのがあちらこちらにある。どこの岩も八畳岩と呼ばれて、けっして六畳岩と名付けられている岩はない。広さ的にも六畳よりも八畳の方が広く感じるし、八という数字が縁起がいいからだろうか?ただ先月登った小豆島の千畳岩はちょっと誇大過ぎた。

 

 

 

 

その八畳岩に腰掛けて麓に見える景色を眺めていると、田園風景の奥に備中国分寺五重塔が見えた。たしかWOC登山部が昨日訪れていた場所だ。この八畳岩とその上の大岩との間が挟み岩と呼ばれる岩があった。

どこからか転げてきたように見える岩が、巨岩と巨岩の間に挟まってここで留まっているように見える。

 

 

さらにその下にも八畳岩より少しだけ小ぶりな岩があった。どうやら八畳岩は三段になっている?

その岩の端はダイダイコケが付いてオレンジ色になっている。ただ小ぶりと思ったこの岩も回り込んで下まで降りてみるととんでもなく大きな岩だった。

 

 

 

岩には毘沙門天磨崖仏が刻まれていた。そしてその足元には石仏が並んでいた。今日のルート福山山頂や和霊神、そしてこの場所もきれいに掃き整っていて、日ごろから熱心に清掃をする人たちがいるのだろう。

 

 

 

八畳岩からさらに下って行くと幸山に着いた。この山も三方が絶壁で守りやすく攻めにくい天然の要塞となっていて条件のいい山城となっていた。

 

 

 

城跡は山頂札のさらに下にあった。山頂と共に広場となった場所には幸山城跡と彫られた石柱が建っている。その足もとにはまた今度は石の猫。

 

 

 

この城跡も山城らしく眺望が開けていて、正面には鬼ノ城、そして先ほども見えた国分寺五重塔も見える。500年近く前にこの城の城主も同じ景色を眺めていたのだろうか?

 

 

展望ヶ所から少し左に移動すると車を停めたふれあい広場が見えた。城跡から幸山へ、さらに先まで戻って下って行く。登山道はよく整備されていて、分岐分岐には道標が建っている。平日にも関わらずそして薄氷が張るほど寒い中でも、結構な人が歩いている総社を代表する里山。一番高い福山でも僅か300mほどの標高だったが所々で眺望が開けていて、道々も変化があって楽しい楽しい里山歩きができた。