今シーズン最初で最後の雪山の赤星山へ!

 

昨年7月に第171回芥川賞が発表され、松永K三蔵さんの『バリ山行』が選ばれた。小説のタイトルにある「バリ」とは、登山のバリエーションルートのこと。89年にわたる長い芥川賞の歴史のなかでも、山岳小説が受賞したのは初めてという事だ。しかもその舞台は六甲山。あまりにも身近な山で驚かれた人も多かっただろう。

その小説の中で登場するバリの一つ西山谷は、渓谷の中の堰堤や滝をいくつも越えていくルートだ。小説を読んでから一度は歩いて経験してみたいと思っていた。

丁度休みが祭日に取れたので高速の割引料金を考えて、今日出かける計画を立てた。がしかし前日に神戸の友人から六甲山は積雪との情報が写真付きで送られてきた。藪コキならともかく、渓谷沿いのルートでドボンでもしたら目も当てられない。もう少し先で暖かくなってからにしようと、一緒に歩く予定にしていた西の奥様には連絡をした。そう西の奥様あっちゃんも、バリ山行を読んで感動した一人だった。

そうなるとさてさてどこに登ろうかと考えてみると、一昨日から阿讃山脈も遠目に見ても雪が積もっている。どうせなら雪山に登ってみたくなった。もちろんバリエーションルートではなく、登山道がしっかりしているルートで、夏用タイヤでも登山口までアプローチできる場所となれば、すぐに思いついたのは琴南の大川山か土居町の赤星山のふたつだった。大川山は今までも何度か積雪時に登ったことがあったので、積雪時は初めての赤星山に出かけることにした。

 

 

野田の登山口は祭日だったので車が停められるか心配したが、我々が着いた時は大きなワゴン車と普通車の二台が停まっているだけだった。その内身支度をしていると1台車がやって来て、中から体格のいい男性がひとり降りてきた。この後何度か途中で顔を合わすこの男性をあっちゃんは熊さんと呼ぶことにした。

 

 

 

登山口からはしばらくは渓谷沿いの道。沢に架かった木製の橋を渡りながら左岸に右岸にへと移動していく。

二つ目の橋を渡ると左岸の杉林の中の道になる。道の両脇には大きな大きな岩が転がっている。右手に見える斜面から転がってきたのか、それとももともとこの道筋が渓谷だったのかは分からないが、とにかくビックリするくらいの巨石がゴロゴロしている道だ。

 

 

苔むした岩の間の段差を白い飛沫をあげて水が流れ落ちている。濁りのない透き通った水は、なお一層水の冷たさを引き立てている。やはり登山道ではない西山谷の渓谷を這い上がるルートを取りやめて良かった。

 

右岸の道になると背の低い石垣が何カ所か目についた。以前はこの辺りまで作物を作っていたのだろう。

傷んだ木製の橋の上にはアルミ製の足場の踏み板が敷かれている。これは地元の有志による赤星山愛好会の人たちがボランティアで整備してくれたものだ。大小さまざまな滝が続くこの道は、四季を通して四国でも有数の渓谷美眺めながら歩いて行ける道。そんな道を愛して止まない人たちがいる。

ここ数日の降雨によっていつになく水量の多い渓谷では、重なり合う大きな岩と岩との隙間のそこら中から水が流れ落ちている。

 

 

 

 

5回ほど橋を渡っただろうか、右岸の道から大きな滝が見えた。機(はた)を織るように見えることから名がついた機滝だ。10mほどのほぼ垂直の岩壁を横に幅広く流れ落ちるさまは、まさに機織り機の上屋から垂れる縦の糸のように見える。

 

 

機滝の次に現れたのは紅葉滝。今日は滝の岩肌に薄っすらと白い雪が積もって見えるが、紅葉の季節には両岸の木々の色づきが見事な滝だ。ここでも赤星山愛好会の人たちの注意喚起の案内板があった。内容を見てみると、会の人たちは度々この道を訪れては、登山道の状態を見守っているのが読み取れる。

一眼レフの設定をシャッタースピード優先に変えて撮ってみる。滝の水の流れはそれなりの雰囲気で撮れるのだけれど、三脚を使っていないのでどうしても周りがブレてしまう。

 

 

 

 

そして紅葉滝の次は布引滝。ヌメった斜めの岩肌の中央部を流れる滝。『スライダーみたいに滑ったら気持ちよさそう!』とあっちゃん。次は夏に来て是非一度滑ってみてください!

 

『今日は玉簾(たますだれ)になってるかな?』とあっちゃんが言った通り、降雨の後の玉簾はいつものようにポタポタと球状にはなっていなくて、筋状になって流れていた。

 

 

 

次第に道の脇だけでなく、道の上の岩や橋にも薄っすらと雪が覆い始めてきた。吐く息は白くニット帽から出た耳たぶが冷たく感じるのに、なぜか喉が渇く。上着のファスナーを胸まで降ろし、その下のシャッも同じように胸まで開けるが、汗をかいて身体が暑い。

最後の橋を左岸に渡ると造林小屋跡に着いた。小屋で使われていたのだろうかドラム缶ストーブには以前よりたくさんのヤカンがぶら下がっていた。本来ならここでアイゼンを装着するべきだったが、まだ登山道の雪が薄かったので判断を誤り、このあとで後悔をする。

 

 

 

造林小屋跡で水分補給をしてさらに進むと豊受山との分岐。ここではもちろん右に進んで行く。

次第に周りの雪も厚みを増していく。足元の雪のない岩肌は、濡れてその上苔がついて滑りやすい。ストックの先のゴムも濡れた岩には全くグリップが効かずに、その先で岩の上を突いた途端に逆にズルっと滑って何度も慌ててしまう。注意深く一歩一歩進んで行く。

 

 

 

 

 

千丈滝を巻く道との分岐を過ぎると、更に道の上にも雪が積もり始めた。『取りあえず千丈滝でアイゼン付けるか考えましょう!』と言ったものの、雪に隠れた岩で足が滑って歩きずらい。急遽昨日にこのルートに変更して、アイゼンと登山靴の調整も六角レンチが見当たらずに出てきてしまったので、少し不安が残っている。

 

 

 

 

何度か小さな沢を渡渉していく。いつになく慎重に渡って行くあっちゃん。渡りきって急登を登って行くと千丈に着いた。落差は25mほどといわれているが、登山道から見る限りでは何段かに分かれていてそれほど落差があるようには見えない。

 

 

 

 

『トレースがなければ道が分からないわね』とあっちゃん。雪道に慣れていないせいもあってずっと足元を見て歩いている。そのせいで度々立ち止まって顔をあげて方向を確認している。

周りが薄暗い杉林から自然林になると青空が見え始めた。ここで後ろから男性がひとりやってきた。駐車場、でも顔を合わせた熊さんだった。『分岐で道を間違えて!』と言ってニコリ。そのあと身体をかわしてあっという間に登って行ってしまった。

 

 

 

 

途中にツララを付きたてたユニコーン。『いつもならこれくらいならロープ使わずに登れるのに』と言いながら足元の掛かりが分からずに登りにくそうにしている。この後も何カ所か短いロープ場があった。

 

 

 

表面の雪質はパウダースノーだが、足を踏み込むたびにその雪が登山靴のアウトソールに詰まってグリップが全く効かず、急な斜面になると足を滑らせ下がってしまう。風に吹かれて枝に着いた霧氷が粉のように頭上に降り注いでくる。その落ちた霧氷が雪の上でふわふわでサクサクとしたかき氷のように見える。

 

 

 

 

沢から離れ水の音が聞こえなくなると、周りの雪に音が吸収されて静寂の中、息切れしている自身の吐く息の音だけが聞こえてくる。ここまででトレースの踏み跡は前を歩くあっちゃんのソールの跡と、追い抜いて行ったさんのチェーンスパイクの跡、そしてもう一つノーアイゼンのソールの跡が続いていた。

 

 

少しシャリバテ気味になってきたので珍しく私の方から『お腹が空いたので何か口に入れたいんですけど』と声をかける。立ち止まって行動食のチョコレートを口に入れると、その横であっちゃんは太いちくわを頬張っていた。すると上から男性が一人降りてきた。まさかと思って立ち止まった場所が狭かったので、横に避けるのに右往左往をしていると、男性は軽く挨拶をして降りて行った。

しばらくしてまた男性が一人。挨拶をしてがんばってと声をかけると、『はいがんばります。今日で登山2回目なんです』と答えてくれた。『え、大丈夫?』と言うと『ハイ、大先輩がいるので大丈夫です』と笑顔で前を降りて行く男性を指さした。足元を見るとスパッツは付けずに、ズボンの下からくるぶしが見えるくらいの短い靴下だ。もちろんノーアイゼン。先に降りた大先輩もアイゼンは付けていなかったように見えた。手袋をしていても指先が冷たいのに、足元は濡れているだろうな~と思っていると、笑顔で目の前の急な段差を苦も無く降りて行く。『若さっていいな~!』

 

 

積雪はどんどん深くなっていく。トレースを外れると恐らく膝下くらいは積もっているだろう。場所によってはグリップが全く効かずに、三歩進んで二歩下がる水前寺清子三百六十五歩のマーチ状態になる。

今度は上から熊さんが降りてきた。先ほどは『こちらのルートは急なので、帰りは豊受の方から周回して降ります』と言っていたのだが、『往復した方が最短距離なので!』と言いながら降りて行った。

 

 

 

前を歩くあっちゃんも悪戦苦闘している。でももうここまで来たら山頂でアイゼンを付けるしかない。

すると細い枝の低木の間から青空が見えた。急斜面のトレースに沿って体の向きを変えたあっちゃんが『やった~着いた~』と声をあげた。私もその場所で曲がるとその背中の先には山頂の道標が見えた。

 

 

広場になった山頂には思ったほどの積雪はなかった。晴天とまではいかないが雲の下には土居町の平野部が見えた。山頂の南側にはすっかり葉を落とした木の枝に、綿で作った造花のような雪の花が咲いていた。山頂直下では少し雲がかかり始めていたが、南の空は紺碧の空色。やはり雪には青空が似合う。

 

 

 

 

西を見ると霞んではいるが何とか二ツ岳から東赤石に続く稜線が見えた。北側からは冷たい風が吹き上げてくる。その強い風の当たる場所の木には雪があまりついていない。

風を避けて腰を下ろしてカップラーメンにお湯を注ぐ。風が冷たすぎて箸を持つ手の手袋も外せない。それでも温かい麺が胃袋に落ちていくと随分身体も温まった気がした。

 

 

 

お昼ご飯を食べ終えて、アイゼンを装着してみる。ワンタッチの私のアイゼンは直ぐに付けられたが、あっちゃは足先のハーネスが前に倒れてしまってうまく付かない。自分のとは違った形のアイゼンに私も付け方が分からず、あ~だこ~だと言いながら色々試してみるが、結局時間がかかってやっとそのハーネスにテープを通して締め付けるのが分かった。この間十分弱。これでは途中の雪の中では冷たくて付ける事もできなかっただろうし、やはりそうなる手前で装着するべきだった。

準備万端アイゼンを付けて山頂を降り始める。『いや~アイゼンの威力は凄い!』と言いながら、小気味よいピッチでトントンと降りて行くあっちゃん。『これなら登りで付けておけば、もっと早く登れたのにね。』と。

『すみませんへっぽこリーダーで』なんせ久しぶりの雪山なんで・・・と言い訳をする。

 

 

 

樹林帯の中で雪がまとわりついた木の枝に陽の光が当たり、まるで白いサンゴのように見えた。アイゼンを付けると、トレースを外しても雪の斜面の上を滑ることもなくふわふわと駆け下りられる。

すると勢いをつけて雪の上を降りて行ったせいか、太腿の裏が急に攣り始めた。立ち止まって色々足の角度を変えたり曲げたりしても痛みが酷くなるばかりだ。足を地面につけずに浮かしてしばらく立っていると少しづつ治まってきた。一瞬、まだ山頂近くでこのまま治らなければ山を下りられないかもしれないと考えたが、何とか痛みをこらえがらも歩き始めると随分とマシになった。完全に運動不足と固い身体のせいだった。

 

 

 

 

道に雪が少なくなってもアイゼンを付けていれば、濡れた岩の上でも滑らずに歩いて行ける。山頂であっちゃんに『岩の上でもアイゼンを付けるの?』と聞かれて、『岩の上では付けないです』と答えたが、てっきりアルプスのような岩稜の尾根でのことを言っているのかと思ってそう答えたが、あっちゃんはこの帰りの道の事を言っていたのだと気づいた。

 

途中の分岐からは往路とは違く千丈滝を巻く道を下って行く。千丈滝への道に比べると傾斜は幾分か緩やかだったが、九十九折れの道は何十回と右に左に折れるのを繰り返す。千丈滝の下の分岐に合流した後、造林小屋跡まで来ると太腿の痛みはほぼなくなっていた。道の雪もほとんどなくなっていたが、まだ濡れた滑りやすい岩が続くのでアイゼンは装着したままで歩いて行く。アルミの足場板の上を渡るとカランコロンと金属音がした。

 

 

 

雪のない地面の上を歩くと、高下駄のようになったアイゼンを付けたままで、岩の段差で足を捻ってしまった。

慣れないアイゼン歩きに股関節も何だか痛みが出始めている、そしていつも以上に足も疲れている。道はよく整備されていて、少し滑りやすい場所にはロープや鎖、そして注意喚起の看板が何カ所かでたてられていた。どこかのように整備といって本来の里山の形を変えて、山頂近くの眺望をよくする為だけに木々を伐採している山と違って、必要最低限の整備をしている。もちろん赤テープも気になるほどは巻かれていない。

 

 

 

『これはあしたは筋肉痛間違いなし!』と思いながらも、スピードを落とさずにテンポよく下って行く。

 

 

 

山頂から下り始めて3時間弱。ようやく野田の登山口に着いた。先に停めていたワゴン車の周りでは下り終えた人たちが車に乗り込む準備をしていた。おそらくどこかのショップのツアーだと思いますよとあっちゃんには話をする。帰って家に着くとFBにクロスポイントさんの写真がアップされていた。

間に合わせで予定を変更した割には天気にも恵まれて、久しぶりに雪山を堪能できた。ただ久しぶり過ぎて慣れない雪山歩きに反省点も何点か。今シーズン最初で最後の雪山。我が家では奥様から雪山禁止になっているけれど、こうして年に一度くらいは内緒で出かけてみたいものだ。