え、まさかの時間通行規制からの塩塚高原!

 

このところ秋雨前線の影響かスパッと晴れた日がなかなか無くて、先週も雨模様で山歩きは諦めて島ケ峰を散策した。

今週は珍しく割といい天気予報だったので、前回歩いた塔ノ丸の8km弱からもう少し距離を延ばしたいと思って、同じような雰囲気で笹原歩きができる土佐矢筈山を提案。標高差も塔ノ丸500mから750mと少しだけ標高差が稼げる。

行動時間も6時間前後と読んで、西の奥様と道の駅たからだの里で7時30分に待ち合わせをした。

猪鼻トンネルが新しくできてからは、国道32号線からの祖谷系の山々へのアプローチが随分と楽になった。高速を利用して大豊から京柱峠に行くのとさほど時間は変わらずに、豊永から『京柱峠』の標識に従って439号線に入りしばらく走ると、道の脇に時間規制の看板が目に入った。しかしそのまま気にせず進んで行くと、車が一台停まっていて、その先に立っていた警備員が近寄ってきた。『いまから9時20分くらいまでは通行止めなんです』と。

時間は8時35分、通行できるようになるまでは小一時間はある。そこまではじっと車の中で待つわけにはいかず、仕方がないので引き返して二人で『どこに行きますか?』と相談しながらYAMAPを見て近場の山を探してみる。

『一番近い梶ケ森では歩く距離が短いし』どうしようかとさらに探してみると、塩塚峰道の駅霧の森から歩くと12kmほどになるのが分った。昨年も歩いた周回コースだったが、それではと予定変更で大豊から高速にのって新宮へ。

霧の森の駐車場を9時35分のいつもより少し遅めのスタートとなった。

 

 

前回は昨年の6月に3人で歩いた道を、今日は反対周りで歩いてみる。新瀬川に沿って続く道は『ミニ四国霊場』になっていて、札所ごとに石仏が祭られていた。



 

その石仏とは別に道の脇には2kmに渡って、12基の偉人の言葉が刻まれた石碑が建てられていた。

 

この先の新瀬川の登山口までは3.7kmほどの下道歩きとなる。コミュニティバスの時刻表を見るとけっこうな回数でバスは運行されているので、まだある程度の人数の住民の方たちが住まわれているのだろう。

 

 

ただもう人がいなくなって廃墟となった民家も所々で見受けられた。それとは反対に道の山側にはかなりの高さに石が積まれ、その上の平らになった部分に立派な住居が建てられている。

 

 

コミュニティバスの終点が塩塚峰への秋田登山口になっている。最終民家では住民の方が庭木の伐採をしていて、その横を挨拶をして通って行く。



 

その住宅の奥の、今は住民のいない本来の最終民家の横を通って行くと、いよいよ登山道らしくなってきた。その最終民家の前にも今までの道沿いにもあった茶畑の面影が残っていた。

すると奥様が『あら、ここまで咲いていた花は小さなツバキかと思っていたら、どうやらお茶の花みたいよ!』と。下を向いて控えめに咲く花は姿かたちはツバキとうりふたつ。ただ大きさが違っていただけでツバキの花と勘違いするのもうなづける。

 

 

最終民家の横から小さな沢に架けられた橋を渡ると本格的な登山道となってきた。二週間ぶりの山登り、やはり毎週ではなく一週間でも休んでしまうと登坂がとてもキツイ。

(休んでいなくても登坂は苦手なのだが)

 

 

 

道が竹林の中から杉林の中になってくると畑作の為の石垣が現れる。その石垣の上には今は杉の木が大きく伸びているが、当時はいったい何の作物を育てていたのだろうか?

道には時よりその当時の石畳の面影が残っている。

 

 

 

2合目と書かれた標識の横には『トドロの滝』と書かれ、その正面には透き通った水が流れ落ちる滝があった。

 

トドロの滝の落ち口を上から眺め見て、その沢を右岸から左岸に渡ると、道はなお一層足元は悪くなり急登になってきた。

『思ったよりトレーニングになっていいわね!』と奥様。そのつもりでは来てみたものの、なまった身体には少々キツイ坂だ。

 

 

 

それでも何とか我慢しながら登って行くと、その急登の先に明るい光が見えた。そこまで登りきると『トドロの休場』と書かれ3合目となっていた。

ここから前回お昼ご飯を食べた、塩塚高原の展望所までの所要時間を考えると『12時30分は過ぎるわね』『それじゃおにぎり食べとかなくちゃ』と奥様はさっさとザックを降ろしておにぎりを頬張った。

それではと、私もザックを降ろして行動食を口に入れて一休みする。

 

 

 

この休場からは多少道の勾配は緩くなり、足取りも幾分か楽になる。ただ先ほどから大腿四頭筋の外側が引き攣った感じがするのが気になった。

四合目の標識に書かれた『ファイト』の文字に励まされて登って行く。しばらくすると道が一旦少し下りになり、先ほどの沢を高巻くようにして続いて行く。

 

 

高巻きの道が終わると左手に伐採地のような明るい場所に出た。その伐採地と植林帯との際にガタガタ石が階段状になった急登になった。そしてそのガタガタ道を登りきると6合目の広場にベンチが置かれた休憩所に着いた。

前回ここには上から降りて来た場所だったが、奥様はこの場所の記憶が全くないと仰る。休憩所からは梶ケ森辺りの峰々が見渡せた。

 

 

 

 

休憩所のさらに上にもまだ石積みが残っていた。本当にこんな標高の高い場所で何の作物を作っていたんだろうか?ここに来るまでにも相当な労力を要するはずのに。

 

 

そしてまた苦手な急登が始まった。普段から運動をしている奥様は、二週間空いたのも問題なく、どんどんと登って行く。その後ろをぐうたらへっぽこリーダーは何とか遅れまいと付いて行く。

この坂を登りきると車道に出た。車道を左に少し歩くと最後の塩塚峰への取り付きとなる。

 

 

 

そしてここから最後の急登。先ほどまでの急登は石や根っこで足掛かりがあったが、この坂は土だけで滑りやすい。取り付きの8合目の標識に書かれていた通りの最後の『ガマン坂』だ。

やっとの思いで登りきると高原のススキの穂を撫でて、爽やかな風が吹き上げてきた。左に折れると塩塚峰、右に折れると東屋のある展望所。お昼ご飯を急ぐ奥様のスピードがなお一層上がっていく。

 

 

 

 

 

 

小さなピークの向こうの東屋には人影が見えた。そのピークの山肌を撫でて吹く風に、ススキの穂が波うちながら揺れている。先ほどまでの急登でたっぷり掻いた汗で、少し肌寒いくらいだ。

 

 

東屋の展望所には先ほど見えた人影の人たちは駐車場へと戻って行った。代わりに駐車場の方からザックを背負った男性が一人登ってきた。

テーブルの前に腰を下ろして今日はカップ麺。登っている途中では『カップ麺は今日は暑いかもしれないわよ』と奥様に言われたが、この場所での今日の体感温度からすると温かいカップ麺がちょうどいい。

新居浜から来たというその男性と山座の同定をしたり、今まで登ってきた山々の話をしながらのんびりと時間を過ごす。

 

 

時間にして40分ほど居ただろうか。その男性に挨拶をして塩塚峰を目指す。

それにしても今までのこの夏の酷暑が長かっただけあって、この高原の爽やかな風が、なお一層涼しく感じる。

塩塚峰の山名標の前では女性が二人ベンチに腰掛け休んでいた。写真を撮ろうとすると置いていたザックをわざわざ避けてくれた。

 

 

 

その女性にお礼を言って写真を撮った後ふと周りを見ると奥様がいない。慌てて西側の道を覗くと、もう随分下まで下っていた。階段状の道を下って行くと舗装路に出る手前で奥様に追いついた。

舗装路に出ると奥様が『あれ、山頂はどこ?』と仰った。振り返って指さし『あの階段の上が山頂ですよ』と言うと『え~え』と全く気付かず通り過ぎた自分に驚いていた。

 

 

道の脇にはノコンギクが咲き誇り、そしてススキ原のなかにはノコンギクで埋め尽くされた花畑が広がってた。

 

 

 

舗装路を横切りさらに降りて行くと砂利道に出た。ここから少し西に向かって歩いて行くと、山肌のススキが陽の光で銀色に眩しいくらい輝いていた。

 

 

 

西に歩いた道を直角に曲がって北に下って行くとまた舗装路に出た。そこからは舗装路をオートキャンプ場に向かって歩いて行く。輝くススキの海原とはここでお別れだ。

 

 

オートキャンプ場を過ぎると道の脇には小さなゲンノショウコやアケボノソウが咲いていた。それらの花を写しながら歩いていると、今まで見た事のないような数の花束のようなアケボノソウが幾株も咲いていた。『こんな咲き方しているアケボノソウを見るのは初めてね』と二人で大喜び。

 

 

 

 

舗装路から栄谷登山口へと下って行くと最初は杉林の中の道になる。木漏れ日の中の道は九十九折れの意外と急な道が続いて行く。

下りの急な坂に登山靴の中の指先が少し痛み始める。そしていつものように膝も騒ぎ始めた。その痛めている左膝を無意識に庇っているのか、右膝も何となくざわついている。

 

 

 

その急坂が終わると短いが緩やかな道と急坂の繰り返しになる。さらに下って行くと登りと同じように石垣が現れた。

 

 

 

その内の一つは少し小さめの城壁を思わすくらいに石が積まれ、いまだ崩れずに残っていた。さらに下って行くと『炭焼小屋』と書かれ3合目の標識。

 

 

足元は次第に崩れてはいるが石畳の名残。この道を当時の人は牛に荷を背負わせて歩いたのだろうか、それとも籠に荷を入れて歩いたのだろうか?

 

 

石畳跡を過ぎると、人のいないもう朽ち始めて、さらに時間が経てば森に還るだろう民家が現れた。先ほどまでの石垣の畑は、この住人のものだったのだろうか。

何軒かの廃屋の集落らしき中を抜けると栄谷の登山口に出た。ここからは舗装路を新瀬川沿いの道まで下って行く。

 

 

土佐矢筈山から予定を変更しての塩塚峰土佐矢筈山の笹原歩きも今日の天気ならあちらも、爽やかな風が吹き抜けて気持ちよく歩けた事だろうけれど、こちらの塩塚高原もススキで埋め尽くされた山肌と、湿度の低い乾いた風で気持ちのいい山歩きができた。そして何と言っても12kmの距離を久しぶりに歩けて、駐車場に着くとどっと気持ちのいい疲れが押し寄せた。その疲れもあってか今日は温泉にも寄り道をせずに帰宅して、思い切りビールを喉に流し込んだ。