耐暑訓練のつもりが避暑となった黒沢湿原


『夏が来れば思い出す、はるかな尾瀬とおい空』この酷暑のなかで涼し気な風景の歌をふと口ずさんでいた。

そう言えば四国にもそれとよく似た風景を見ることができる場所があったのを思い出した。そう三好市にある黒沢湿原は、標高600mほどの山中に広がる湿原の中に木道が続いている尾瀬の歌のイメージに近い場所だ。

湿原までは車で行けるがそれだとただのドライブ。せっかくなら最近の暑さに少しでも慣れるため、松尾川温泉から歩いて登って汗をかいて耐暑訓練にしよう。そう思って出かけてきた。

 

温泉に向かう道は松尾川に沿って続いている。透き通った水の流れと岩の段差で上がる白い飛沫を見るだけでも、この暑さを忘れさせてくれる。

 

温泉の手前の駐車場に車を停めて歩き始める。松尾川に架かる橋を渡り10軒あまりの小さな宮石の集落の中の道を歩いて行く。途中での分岐は間違えそうになるが、舗装路ではなくコンクリートの上側の道へ歩いて行く。そのあとにもうひとつ分岐があるが、ここでは文字の消えた矢印の道標の方向へ左に歩いて行く。

 

 

 

坂道から見えた下の畑では、住人の女性が朝から草抜きに精を出していた。すぐに草抜き好きの西の奥様の顔が浮かんできた。

 

黒沢湿原への道は以前は宮石から北の集落への峠道になっていたのだろうか、道の脇にはお地蔵さんが3体。ただ今は宮下の住人で歩く人はなく、傾き転がっているままの状態だった。

さらに歩いて行くと道の山側には石垣が段々と続いていた。何の畑地だったのだろうか?どこもそうだが山間部の畑地は使われなくなると杉やヒノキが育って、その根が石垣を崩している。

 

 

道は九十九折れのコンクリート道の急登が続いて行く。耐暑訓練らしく額からは滝のように汗が流れ落ちていく。杉林の中の道は日差しもなく少しは気温が違っているはずだが、それよりも湿度が高いせいか汗が止まらない。

 

前回奥様たちと歩いた時に一息入れた途中にある東屋に、前回と同じスタートから30分ほどで着いた。ここからは周りの木々が茂っていて、以前は見えていただろう見晴らしはなかったが、さらに歩いて行く途中からは木々の枝の間から松尾川を挟んで対岸の集落が見え始めた。

 

 

道の山側に岩壁が現れるとコンクリート道の傾斜も少しマシになってきた。その岩壁を巻くようにして道は続いて行く。途中で一ヵ所不動明王が祭られていた。その後ろは展望ヶ所になっていて対岸の稜線近くまである集落が見渡せた。

この祖谷に多く点在する集落は『傾斜地集落』と呼ばれ、集落のない場所と比べると少し緩やかになっているのは、過去に生じた地滑りのあとだそうだ。

 

 

 

さらに登って行くと道の真ん中に太い倒木。並んだ二つの木を見ると、大きなししおどしに見える。

さらに進むと斜面側が開けて船山の奥に中津山?が三角の頭を覗かせていた。もしここで西の奥様がいたなら『天狗塚が見える』と言っただろうな、ふと思う。

 

 

スタートから1時間弱でたびの尻滝に着いた。連日の猛暑で乾いて水の流れがどうだろうと?と思っていたが、思っていたより涼し気な水が流れ落ちていた。

 

 

たびの尻滝から先のトイレのある前を過ぎると湿原の中の道になる。映画『黒の牛』の撮影でで使われた民家を横に見ながら、外周路を歩いて行く。 

映画『黒の牛』の様子

 

時期的にはサギソウの開花にはまだ早いだろうと思いながら歩いて行くと、沼地の中に白い花が点々と見えた。水をせき止め造られた水辺には、まだ開ききらないスイレンの白い花が咲いていた。この場所には季節と時間(ひつじの刻の午後2時に花が開くという)が合うとヒツジクサも咲くようだ。

 

 

 

湿原の中央部にあるトイレと休憩所の横には、モミジの木の下にデッキやベンチが造られていた。ここで腰を下ろしてお昼ご飯にする。

密に茂ったモミジの木陰に涼しい風が吹いてくる。コンビニで買った冷麺を口に入れ、食べ終えた後少しデッキで横になると、湿原の中でここではさほど湿度が高くないのか、そよ風だが汗が冷えて一瞬肌寒く感じる。耐暑訓練のはずがこれではまるで避暑だ。

 

 

このまま昼寝をしたい気分だったが、じっとしていたら汗冷えで風邪をひきそうなので、デッキから腰を上げて湿原の北側まで歩いて行く。来月になればここにサギソウが咲いているはずだけれど、今日は影も形もない。

北の端から木道を歩いて湿原の西側へと歩いて行くと、緑一色の湿原の中で一輪だけ赤紫色したネジバナと、ここのところの山行でよく見かけるウツボグサが咲いていた。

 

 

 

 

途中ですれ違った年配のご夫婦から『暑いですね!』と声をかけられたが、やはり湿度が低いせいかさほど暑くは感じない。『日陰に入れば涼しいですよ』と返事をする。

 

 

途中の水のたまりにもスイレンが小さく咲いていた。

昔は湿原の南西部の丘に空海が建立したと云われる長福寺があったそうだが、今は代わりに建てられた大師堂に立ち寄り手を合わす。

 

 

今日一番目立っていたハンカイソウの群落を過ぎ、湿原の南端の民家の横を通る。

 

 

たびの尻滝の先で、今度は年配の男性に『ここから松尾川まで降りるん?』と声をかけられた。『降りたらお湯がいいから松尾川の温泉に入ったらいいわ』と。

『ハイそのつもりです』と答えると、『ところで車はどこに置いとん?』と言うので『温泉の横に停めさせてもらいました』と。すると『え、下から登ってきたん、健脚やな!』と笑顔が返ってきた。

丸亀から来たという男性と話しを終え別れて、松尾川までのコンクリート道を下って行く。急坂の下りに膝が痛まぬようにストックで踏ん張りながら下って行くが、ストックを突く角度が斜めになるとズ・ズっとストック自体が前に滑りそうになるくらい急な坂だ。

 

スピードが出ないよう踏ん張ると膝に堪えるので、ストックをうまく使いながら踏ん張らずにけっこうなスピードで下って行く。集落に近づいてくると、住民の方のお墓だろうか、今は集落に住む人もいなくて参られている様子もなく苔が生えてしまっている。

 

宮石の集落の民家に造られた立派な石垣。

この祖谷だけでなく徳島の山間部ではこんな立派な石垣が多くみることができるが、その石を積む技術は相当なものだといつも感心してしまう。

 

宮石の集落から松尾川に架かる橋を渡って今日の耐暑訓練?は終了した。

車にザックを下ろしてさっそく温泉に向かう。山から下りて直ぐ徒歩で温泉に入れる場所はなかなかない。

こじんまりとした浴槽に浸かり、単純硫黄泉のヌルヌルのお湯を手で救うと、少し硫黄の匂いがした。個人的にはこの温泉が四国では一番のお湯だと思う。

『汗をかいたあと車に乗り込まずに、そのまま温泉に浸かれるなんて最高だ!』そう思って温泉から出て車に乗り込むと、高温の車内で一気に汗が噴き出てきた。

『何をしているのやら?』。濡れたタオルで額の汗を拭いながらエアコンを全開にして帰路についた。