
丁度1ケ月ほど前に、大山の一ノ沢からイワカガミとツガザクラのお花畑を通って弥山に登った時に、西の奥様が『あとは二ノ沢ね!』と仰った。
昨年登った三ノ沢は登りつめれば槍ケ峰から剣ケ峰へと縦走でき、一ノ沢は弥山まで登る事ができるが、二ノ沢だけは冬季以外は稜線に出ることのできない沢になる。以前からそのことはエントツ山さんのレポートなどで知っていたが、調べていく内に沢の上部にはゴルジュなるものがある事を知った。
ゴルジュとは渓谷の中で浸食が進み、両側が切り立った岩壁が迫って狭くなっている場所を指すこともこの時初めて知った。
それならと西の奥様に情報提供すると、目を光らせたアイコンと共に『是非登ってみたい』と返事が返ってきた。
その後、色々調べていく内に二ノ沢の西側にはドリーのお墓という場所があるらしい。そしてYAMAPではそのドリーのお墓から一ノ沢へトラバースしている人がいた。この情報も送るともちろん奥様からは即OKの返事。
それではと、梅雨が開けて晴天の続く今日出かけてきた。

相変わらず雪崩によっての一ノ沢橋の被害で大山環状道路は通行止めになっているので、升水高原からのスタートになる。
升水スキー場のリフト乗り場では、準備で忙しそうにしている係員の横で、番犬ならぬ番ヤギがのんびりと寝そべっていた。

前回は環状道路を一ノ沢まで歩いたのだけれど、今回はスキー場のゲレンデを直登して、横手道を一ノ沢の手前まで歩くことにした。
ゲレンデは1ケ月前と比べると随分と草が延びていた。そんな中、道の両側のあちらこちらで花が咲いている。特にウツボグサの濃い紫が目に付いた。




ゲレンデの上部まで登り、大山詣の参拝者の為の大山道のひとつの横手道を、高低差もほぼなく、気持ちよく緑の中を一ノ沢の手前まで歩いて行く。


前回環状道路を歩いてきたときは一ノ沢まで40分ほどだったが、横手道までのゲレンデが急登だったこともあって50分ほどかかって着いた。
一ノ沢橋の手前には前回無かった現場小屋が置かれ、作業をする人の姿があった。橋の手前では測量の機械、そしてドローンを飛ばす準備をする人もいた。どうやら雪崩によってズレてしまった橋の調査をしている様子。立ち入り禁止になっているので一応『橋を渡らせてもらえますか?』と尋ねると、責任者らしい人が『対岸は段差が出来ているので気を付けて渡ってください』と了解をしくれた。
『橋は壊して造り変えですか、それともズレた部分を架け直しですか?』と尋ねてみたが、『私たちには分かりません』という返事だった。


橋の上からは何重にも続く迫力のある砂防ダムと、前回登った一ノ沢の西側の支尾根が見渡せた。
対岸では調査跡のチョークで橋がズレた長さと段差が書かれていた。


一ノ沢から環状道路の緩やかな坂道を登って行くと10分ほどで二ノ沢に着いた。道路の脇から治山道路に入って行くと、昨年登った三ノ沢の取り付きと雰囲気が似た道が続いていた。



幾つかめの砂防ダムで作業をしている場所を過ぎ、しばらく登って行くと右岸から左岸へと渡る広い道に出た。
ここから上もまだ砂防ダムが続いている。そのダムの右手の樹林帯のさらに東側がゴルジュのある沢になる。


もう作業車が走らなくなったコンクリート道は荒れていて、地味に急登が続いて行く。
南壁の稜線にはガスがかかったり流れたりしている。ガスが流れてくっきりと見える南壁稜線にしばし見とれてしまう。



道が左手に見える砂防ダムとの高低差が無くなると、右手に踏み跡のある取り付きが見えたので樹林帯の中へと入って行く。少し藪ぽくなっているが、所々に見えるテープを見ながら歩いて行くと10分ほどで沢に出た。




途中でテープを見失い、YAMAPでダウンロードしていたトラックより少し下に出たようだ。トラックではこの沢の左岸側を登って行っているが、右岸側を登って行くと足元にはダイセンクワガタがそこら中で咲いていた。この花、小さく可愛らしいがこの涸れた沢の暑さの中でも花を咲かせていて意外と暑さに強いのかな?。


沢の中央部の木々で見えなかったゴルジュが、登るにつれて次第にその全容を現した。確かに中央部は極端に狭くなりその両側は切れ落ちている。
奥様と二人で『あれがゴルジュね!いよいよ来たわね!』と。


ゴルジュの入り口では4~5メートルの高さはあるだろうか、雪渓の上の方では砂を被っていたが、下側では砂が流れて雪が見えていた。そのゴルジュの間を通って涼しい風が吹いてきた。



入り口からさらに奥に登って行くと、足元はザレた石屑と落ちてきた石で埋め尽くされていた。濡れて色の変わった表面のすぐ下は雪渓だ。
写真ではなかなか伝わらないが結構な斜度の上に雪が固まった上の石屑で、踏み出すたびに足が滑って、さすがの奥様も苦戦をしている。


出来るだけ奥へと登って行ったが、これ以上はアイゼンがないと進めそうにもなく、積もった雪の高さも相当な高さに見えるので、ここまでで引き返すことにする。この雪渓は万年雪としては日本最南端の場所になるそうだ。
ただ北壁ならとにかく、この南に開けた場所で夏場でも雪が残っているなんて、このゴルジュという特異な地形が造り出しているのだろうか。


奥様も苦戦しながら登ってきた。目の前に続く石屑で色の変わった幾重にも続く雪渓を見て『すごいわね』と感嘆の声をあげる。『落石もあるし、これ以上は進めないので戻りますよ!』と声をかけて引き返す。



登りでは苦戦をしたが下りは意外とスムーズ。石屑や固まった雪の上を滑るようにして降りて行くが奥様は意外と慎重に降りて来ている。
落石の心配のない場所まで降りて腰を下ろして水分補給と行動食の大休憩。目の前のダイセンクワガタが『いい年したおじさんおばさんが、こんな所まで来て何してるの?』と言っていそうだ。


20分ほど休んだろうか、吹きおろしと吹き上げてくる涼しい風の中。このままここで昼寝でもしたい気分だけれど、この先は藪コギにザレ場のトラバースと予想できないルートが待っているので、名残惜しいがゴルジェを後にする。
ここから次の目的地のドリーのお墓のある沢へは、西に樹林帯の支尾根を跨いで一筋向こうの沢になる。YAMAPではほとんどの人が、ここから砂防ダムのある場所まで下がって、そのからドリーのお墓のある沢へと登り返しているが、たまたま見つけたYouTubeではゴルジェのすぐ手前の西側の樹林帯が始まる場所から支尾根を乗り越えていた。
砂防ダムがある場所まではかなり下がってしまうので、横着な二人は当然ショートカットの樹林帯の藪コギを選択した。ただこれが大きな間違いだった。

沢の右岸で樹林帯の取り付きを探すが、どこも密集している上にかなりの斜度だった。仕方がないので岩壁と樹林帯との際を登って行くことに。
ただこの場所もかなりの斜度で、イタドリとか細い木しか生えていない。イタドリを掴んでもすぐに折れてしまい、細い木の枝を掴んでは身体を持ち上げるの繰り返し。短い距離だったが木の枝を掴んだまま(手を離すと滑り落ちる)で足を滑らせてしまい、二度ほど前のめりになってしまう。


身軽な奥様はなんとか登って行っているが、体重のある私は木の枝が抜けるし、足元は滑り放題で、腕力だけで登っている状態になって、斜面を登り切った時にはへとへとになっていた。
しかも今回は藪コギを想定して厚手の上着とズボンを着てきたせいで汗が半端なく、その汗が背中のザックと胸のカメラバックで逃げる場所がなく、ほぼ熱中症のような症状が出てきていた。


急斜面を登った後も見た目よりも実際には急な斜面をトラバースして、次の支尾根へと登って行く。この斜面を登ってまた藪の中に入って行く。
前回もそうだったが、この大山の藪はとにかく木が固い。しかも結構な密集度で進めそうな先を見つけるのに苦労する。固すぎてかき分けられないので枝を踏んで足場にして何とか進んで行くが、暑さもあってかなりの体力の消耗になる。



しばらく藪に悪戦苦闘していると目の前に白い沢が見えた。ドリーの沢だ。
出来るだけ段差のない場所を見当をつけながら、木の枝を掴んでいてもずり落ちながら下って、何とか沢に降りたった。


こちらの沢にもダイセンクワガタが足の踏み場がないくらいに咲いている。ただそれを愛でる余裕が全くないほど、身体は熱く、水分をいくらとっても動悸が収まらない。
このままドリーのお墓まで、とても行けそうにないので、沢の右岸の木陰でお昼ご飯にする。朝買ったおそばを食べ、経口補水のゼリーを飲むと随分と楽になった。


木陰で15分ほど過ごし、ザレた沢の左手を登って行く。この沢にも小さいがミニゴルジュがあった。呼吸は荒いが経口補水が効いたのか、先ほどと比べると随分と楽になった。相変わらず荒い呼吸と踏んだ石の乾いた音だけが聞こえてくる。



この左手の支尾根がどうやらドリーのお墓がある支尾根のようだ。ドリーのお墓の謂れは以下のように書かれていた。
飼い犬のドリーは買主とよく大山を好んで登っていた犬の名前で、冬季に犬だけが雪崩に巻き込まれてこの南壁で行方不明になったそうだ。
飼い主が春に見つけようと探すがなかなか見つからず、やっと雪解けの頃に死骸を見つけて別の場所に埋葬したが、毎年雪で墓標が流されるので、この支尾根に墓標を建て直して慰霊した場所だという。
お墓はまだ少し上だったがピンクのテープが見えたので、取りあえず支尾根に取り付いてみるが、ここでも固い木の枝や幹に阻まれ悪戦苦闘をする。

藪を何とか抜け出したらドリーのお墓があった。木々も生えていなく周り360度の絶景が広がる素晴らしい尾根。飼い主がこの場所を選んだのも納得がいく。



この両サイドの沢にも雪渓が残っているのが見える。

先ほどお昼の時に気を使った奥様が『体調が悪いようなので、このまま降りますか?』と聞いてきたので、『取りあえずドリーのお墓までは行ってみて、そこで決めましょう』と答えたのだが、今は体調も悪くない。このまま予定通り一ノ沢に向かってトラバースして行くことにして、一旦ドリーの尾根を西に下って行く。
ただここでも次の沢に降りる間は藪コギになった。


沢の左岸に何とか降り立ち右岸に向かってトラバースして行く。見上げるとこの沢にもかなりの雪が残っていた。岩壁の足元の少し草木が生えたな所を狙って横断して行くと次の沢に出た。




かなりの上まで沢筋は続いているが上の方は石屑そしてその下は大きめの石で埋まっていた。ここも余裕があったら上部はどんな地形になっているのか見てみたいが、ここまで来るのにも一苦労。その思いはおそらく叶うことはないだろう。
正面は長い年月で削りとられた山肌が異様な景観を造り出している。

ここまでもザレた沢とその境界の少し高さのある木々の生えた筋が続いている。筋まで登ってみると石屑の斜面になっていた。ここから樹林帯の筋を下るか、この斜面を滑り落ちるか一瞬戸惑ったが、やはりあの固い藪コギよりはと、斜面の下りを選択。
前に転ばないように、後ろに体重をかけ足を石屑に埋まりながら滑って行く。落石の危険のない場所まで降りて奥様に声をかける。奥様は尻セードしながら降りてくる。
石屑のゲレンデを滑り降りた後はまた岩壁の足元の際をトラバースして行く。



地形図にもこの南壁の一ノ沢から三ノ沢の地形が載っているが、複雑すぎてこれらの沢は正確には描かれていないので、とにかくダウンロードしたYAMAPのトラックを見ながら進んで行く。

正面の尾根に見える岩があのシャークフィンだろうか?
見上げると中央に小ぶりの槍ケ岳か、いやミニマッターホルンがそびえ立っている!


トラバースも容易ではなく真横に進むのは難しくて、どうしても少しづつ下がって行く。沢の中央部の草地まで来るとなんとか一段落つく。
YAMAPのダウンロードしたトラックでは、ここから右手のシャークフィンの上の支尾根に登ってその岩を眺めていたが、けっこう高さのある場所を一旦登らなければならないので、支尾根の下を回って行く。



するとまた石屑のゲレンデが現れた。途中で切れ落ちたり段差になったヶ所がないか見極めて、先ほどと同じように石屑に足を埋めながら滑って行く。


ここでも落石に当たらない場所まで降りて奥様に『OKです、降りて来て!』と声をかける。石屑に埋まった後は靴の中に石が入り込んでいる。大きめの石に腰掛け登山靴を脱いで入った石を取り出す。
昨日に奥様は、このザレ場の写真を見て、私からの準備物には書かれていなかったけれど、スパッツを用意したそうだ。そこで自分ではけっこう上達したと思ったそうだが、肝心のヘルメット(これは少し前に準備物で言っておいた)を忘れた上に帽子まで忘れてしまっていた。仕方がないので私の帽子を貸してあげたのだが、私はゴルジュだけ被ればいいと思っていたヘルメットを、お陰で終日被る事になってしまったのだ。


シャークフィンの支尾根を回り込む。上から眺めると確かにサメのヒレに見える写真が載っていたが、下から眺めると団子鼻の帽子を被った白雪姫の小人の顔のように見える。


ここまでもずっとそうだったが、石屑のトラバースは意外と難しくなかったが、大きめの岩は踏むとズ・ズッと滑り落ち上からも流れて石が落ちてくる。踏み出すたびに自分で落石を作って歩いて行く状態になる。
しかも結構な大きさの石も足を載せてみると全く安定していなくて流れて落ちていくので油断ができない。乾ききった石がぶつかり合ってカランカランと音がする。


途中の草地も足元は石ころ。草に隠れて足元が見えなくて意外と危ない。

一ノ沢の中央部をトラバースして木々の生える筋を乗り越えると右下に前回登った時に着いた治山道の終点が見えた。あそこまで下ればあとは作業道の真っ当な道になる。
適当に草地を下って行くが、この辺りでまた身体が熱くなってきた。



治山道の終点まではあと僅かなのに、しんどさで一旦お尻をついてしまう。タオルを濡らして首筋に当てたり、水分補給をしてやっとの思いで重たい腰を上げる。

治山道の終点へもやはり見えていた通りの藪コギになった。ただ途中からは踏み跡があり、鉄製の突堤の下を進んで行くと、治山道に飛び出した。
思わず『ヤッター』と大きな声が出る。後ろから来た奥様も『ヤッター!』。



先月ここから見上げたタケノコ岩を感慨深そうに眺める奥様。
そのタケノコ岩の右手には先ほど真下から見上げたシャークフィンが見える。


治山道終点からは荒れたコンクリート道。こちらもけっこうな急坂で疲れ切った足には堪える。朝は環状道路を大型ダンプが何台も往復して、おそらくこの治山道を走っていたのだろうが、時間は16時、作業も終わったのか上では聞こえていた重機の音もしなくなっていた。この狭い道で大型ダンプとすれ違うのを心配していたが、早じまいしてくれて助かった。
治山道終点から20分ほどで環状道路に出てきた。道では一ノ沢橋の工事の為か、橋の上側から沢に降りる道を造っていた。


行きも帰りも横手道を歩くつもりでいたが、最後のゲレンデで西陽に当たるだろうを思って、まだ日陰のある環状道路を歩くことにした。ただ疲れた足にはアスファルトの固さが堪えて、最後は足の裏が熱くなる。
何とか一ノ沢から2.5kmを歩き終えた時は今年一番の達成感に包まれた。スキー場横の自販機で冷えたコーラを買って二人で乾杯をした。

この暑さの中で厚手の上着を着てきたのが間違いだった。あまりの暑さで途中からへそ出し姿で歩いてきたのを写真に撮られてしまった。

三ノ沢から始まって、一ノ沢で思いついた二ノ沢の遡上そして一ノ沢へのトラバース。これで三つの沢を完歩して満足でしょうと奥様に言ったら『二ノ沢と三ノ沢が繋がってないわ!』と。やれやれまだ終わらない・・・・・そう思いながら伯耆大山をあとにする。
