シャクナゲ早しシャクヤク遅きの津志嶽

 

 

今週は水曜日が都合が悪く木曜日のウィークデイ登山。目的地はというと先週の佐々連尾山とどちらにしようか迷った津志嶽

というのも、YAMAPでフォローしている猫バスさんの活動日記に『四国一のシャクヤクの群生地』と書かれていたのを見つけて、国見山に続いてシャクヤク調査隊?の隊長としては是非一度調査に行く必要があると考え、今週副隊長の奥様をお誘いした。

待ち合わせをした貞光の道の駅。待ち合わせ時間には少し時間があったので、初めて国道の向かい側へ歩いて行ってみると、グランドゴルフ場だろうか、吉野川の河川敷に芝生のゴルフ場が広がり、その中に何の木だろうか新緑を枝に付けた巨木がポツンと立っていた。

 

津志嶽の登山口は一宇久藪の集落にある。15年ほど前に以前の山の会で、山行の下見にメンバー4人で登ったが、その時の記憶はほとんどなくてスタート時点のモノレールと急登だった記憶が残っているだけだった。

登山口となる場所は展開広場で駐車禁止になっているので、集落の下の阿弥陀堂の広場に車を停めさせてもらう。

 

 

広場からは東に八面山が見えた。その山容からして奥様が『烏帽子山?』と仰ったが、たしかにここから見ると烏帽子の形をしている。

阿弥陀堂から登山口まで集落の中を歩いて行く。阿弥陀堂から続く集落の中の道の斜面にはまだ花は咲いてはいないが、、手入れが行き届いたあじさいが群生していた。年に一度阿弥陀堂ではあじさい祭りが開催され、多くの人が訪れるようだ。

 

 

 

集落の上になるにつれ立派な民家が続いている。以前は茅葺の屋根だったろう大屋根は板金できれいに葺き直され、その民家の前には背の高い大きな稲架掛けが建っている。

 

 

すると横で奥様が『あら、ひょっとして?』と言って石垣に指をさした先に、『ひょっとしてイワカガミ?』よく見ると石積みの隙間から同じように赤い茎と蕾?がニョキッとたくさん伸びている。

 

 

立派な民家を過ぎると展開広場に着いた。広場の奥には立派な案内板。それでは津志嶽目指して登って行こう!

取り付きからは記憶にあった通りモノレールが続いている。いったいどこまで続いているのだろう?

 

 

 

 

取り付きからしばらく歩くと『阿波狸発祥地』と書かれた丸太が建ち、その横の石積みの中に三匹の狸さんが座っていた。家族の狸だろうか。でも一見すると犬にも見える。

 

 

 

その狸さんの先には金属製の大きな水車。こんな山の中に何の意図があってだろうか?谷筋からも離れている場所で・・・・・?この水車で発電しているのかな?

 

 

モノレールは相変わらず登山道の横に続いている。その内にまったく人気のない最終民家が見えた。その横もまだ先まで急こう配でレールは続いている。

 

 

 

 

 

最終民家を過ぎると道から左奥に小さな鳥居が見えた。額束には石鉄山と書かれている。そしてその奥には鐘撞堂が見える。鳥居さんに鐘撞堂?と思ったが、手前に石鉄寺、その奥に津子岳神社の祠。ここでは津志嶽の志の文字が違う子の字になっている。

石鉄寺はお寺と言うより民家。

そしてその庭先からは久藪の集落が見下ろせ、八面山が正面に見えた。二つある棟のうち、一棟は屋根が落ち天井も抜け落ち、床の上は雑多なものが散乱していた。

 

 

 

 

石鉄寺のすぐ上は土砂崩れがあったようで、その復旧作業にロープが張られて立ち入りができないようにしている。そして石鉄寺に土砂が崩れないように、その上部で崩れた部分の端から端までワイヤーとネットが張られていた。

登山道はその土砂崩れ跡と石積みの間を続いている。

 

 

こんな所までと思うほどの標高になっているが、石積みは更に上まで続いている。

杉林の中に入るとしばらくして谷筋に大きな木製の橋が朽ちかけていた。以前来た時は大きな丸太の手すりが橋の両側に架けられた立派な橋だったのに、メンテナンスがされなくなると、たった15年でこんなになってしまうんだ。

橋は渡らずにそのまま枯れた沢を渡って行くと、いよいよ杉林の中の急登になる。

標高で300mほどひたすらの登り。珍しく奥様が『どこまで登るんやろ』と愚痴が出る。

 

 

 

杉の木の背が高く、普段なら尾根が近づくと空が見え始めるのだけれど、まったくその気配もなく、汗が滝のように流れてくる。

それでも何とか40分ほどで秋葉山津志嶽の稜線に出た。稜線に出て立ち止まると、ひんやりした風が尾根の北側から吹き上げて来て気持ちがいい。

 



スポーツドリンクを口に入れ、さっそく秋葉山へと歩いて行く。今までの急登と比べてなんて快適な道だろう。

 

 

秋葉山には10分もかからずに着いた。 三等三角点 久藪 1110.27m

三角点の標識も山名の標識も朽ちて地面に落ちていた。

たっぷり掻いた汗でこの季節だけれど汗冷えして寒くなってきたので、直ぐに折り返して津志嶽へと歩いて行く。

 

 

稜線分岐からひと登りすると歩きやすい道になり、しばらく歩くと津子嶽神社の木の鳥居が建っていた。その藁座には落ちた額束が立てかけられていた。

 

 

 

その鳥居から少し先に二つ目の鳥居。こちらも額束はなく、その奥に津子嶽神社の拝殿と本殿がひっそりと佇んでいた。

拝殿の手前にはここでもお狸さんが石積みの中に3匹並んでいた。

ここから津志嶽まではYAMAPのコースタイムでは1時間35分になっているが、拝殿の壁には1時間10分と書かれている。

 

 

 

 

津子嶽神社を後にすると尾根には次第に露岩が現れる。時には大きな岩が居座って道の真ん中を塞いでいる。

 

 

その岩を左側から登ると東に展望が開けていた。霞んではいるが遠くに半平山と、さらにその奥に高越山が見えた。

 

 

次第に道は険しくなってくる。すると大きく崩れ荒れた場所の奥に鉄塔が建っていた。

158番鉄塔。険しい道から平らな鉄塔広場に出るとホッとする。

 

 

 

 

鉄塔広場から先ではシャクナゲの葉が目立ち始めた。

緩やかなシャクナゲの道を右に回り込むような形で進んで行くと、少し広くなった場所に『シャクナゲ郷士の森』の案内板が建っていた。

 

 

 

ほとんど流れていないが水の流れを渡って先に進んで行く。

木にはよく見かけるブリキの『登山道』と書かれた札が掛かっている。そのうち初めてシャクナゲの蕾が一輪だけ見つけられた。

 

 

 

シャクナゲの密度が濃くなってくるとまだ開き切ってはいないが花が咲いていた。

 

 

ブナの巨木の横を過ぎるとシャクナゲが好きそうな岩尾根になってくる。シャクナゲの開花はまだ先のようだが、ミツバツツジが満開を迎えようとしていた。

 

 

 

岩尾根は気象条件が厳しいのか折れてしまって立ち枯れた木や、根っこごとひっくり返った巨木が見られる。

 

 

途中で貞光辺りだろうか薄く霞んでいるが何となく街並みがあるのが見える。その少し先では以前に焼堂峠を歩いた時に車を停めた赤松の集落も見えた。

 

 

いよいよ山頂が近づいてくると更に道は険しくなってきた。急登に加えて道には根が露出していて歩きにくい。

 

 

 

秋葉山での汗冷えが嘘のよう。額からは汗が流れ落ち、身体が熱を帯びているのが分かる。それでも分岐からおおよそ1時間50分で津志嶽山頂に着いた。結局分岐にあった道標に書いていたコースタイム通りになった。

山頂には 三等三角点 白井 1493.50m

途中で『お昼にしますか?』と奥様に聞くと珍しく『津志嶽山頂で!』と仰ったので、13時を過ぎてのお昼ご飯になったので、私はシャリバテ気味だったので、さっそく持ってきたいなり寿司を頬張る。

 

 

 

ここからはシャクヤク調査隊。シャクナゲの密集地をかき分け、転げ落ちそうな坂を降りて見つけた群生地は、猫バスさんが書いていた通り、見渡す限りに背の低い緑の葉が広がっていた。

花は残念ながらもう終わっていたが、それでも頑張って残ってくれていた花もあった。

 

 

 

 

途中で見た木皮をはいだ跡。その剥いだ幹には爪痕が。こ・こ・これは・・・・・!

 

下の群生地は書いてあった通りヤマシャクヤクからハシリドコロにとって代わっていた。

 

 

 

途中は踏み跡もなく、ただただ尾根を辿って行く。あまりの急坂に落ちた木の枝を踏んで転倒。その拍子に十数年来苦楽を共にしていたストックがあっけなく折れてしまった。加水分解で持ち手の部分がベタベタしていたけれど、まだまだ問題なく使えたので残念だ。

結局距離にしてはそうでもなかったが、ここ最近にしては長い行動時間になってしまった。そして激坂のお陰で痛めている膝も折れたストックのようにボロボロになった。